92 新隊員教育隊 終了検閲
 これまで検閲を受けるばかりだったけど、たかが一等陸士の分際で検閲を受けさす奴も珍しかったと…  今にして思う。


 欲張りな性格の悲しい定めで発射機2機を同時に動かして、優秀な成績を残す練習もさせたけど土台無理。  どちらかのペースに合わせれば、合わせようとするチームが基本教練がいい加減になってしまう。  この訓練は一度やってみてソレがすぐに分かったので、その一度だけに終わった。
 
 各チームが精一杯の整地撤去をすればいい。
 なにも色を付けなくたって、いい成績で検閲を合格できる。


 過去に何度『新隊員終了検閲』が行われたのかは知らないけど、100点満点で88点が最高だったそうな!  この団結力…  伊達に酒を奢ったワケじゃない。  史上初の90点越えを狙える!  ちなみに69点以下なら不合格。  即再検閲となる。


 「今日で終わり。」  それが合言葉のようだった検閲当日。  検閲は訓練場ではなく朝礼が行われるグラウンドです。  朝礼が終わり次第、訓練場から発射機と発電機を装甲車で牽引して移動させました。
 グラウンドに発射機を牽引姿勢のまま置いて発電機まで電気ケーブルを引っ張ります。  その電気ケーブルも訓練場では芝生の上を通るので、ただ引っ張って接続されているだけですが、グラウンドの砂の上に黒いケーブルは目立つ為、見栄えが良いように綺麗に引きます。


 準備が完了して30分休憩。  たった1時間動いただけで30分休憩があるのも自衛隊ぐらいなものかな?

 本当は僕が言ってはいけない事なんだけど…
 「自衛隊はヤル時にだけヤレばいい。 今はそのヤル時だ!」と葉っぱをかけた。


 午前10時。  駐屯地指令が黒塗りのセダン(通称:群長車)の後部座席に乗って登場。  ちなみに群長車を運転するのも自衛官で、群長ドライバーと呼ばれます。  群長(第8高射特科群の駐屯地指令)が車に乗る時に活躍する群長ドライバー。  普段は群長車を洗車して綺麗に保つのが任務です。  それだけの仕事。


 駐屯地指令(一等陸佐)が10時に到着するとしたら10分前には整列して待つのが新隊員(二等陸士)の悲しい定め。  駐屯地指令も10時1分前ぐらいにしか姿を見せません。  ただ、時間に遅れるような事はないので問題ないですがね。
 群長車が動き出したら『休め』の姿勢から『きをつけ』の姿勢に。  群長車は優雅に10km/hぐらいのスピードで近づいてきます。
 新隊員の前に群長車が止まり…  ドライバーがドアを開けて駐屯地指令が降りる。  肩には大きな階級章。  胸には色とりどりの勲章が重そうにぶら下がっています。


 エアコンの効いた部屋でのほほんと過ごしていただけの水畑三尉が、駐屯地指令に対して偉そうに「これより後期教育終了検閲を行います!」と元気に申告した。

 結局、なにも教育せずに通院を繰り返していただけの水野三曹が新隊員に号令を発して検閲開始。

 小林士長と久保田士長と僕は、遠くで整列して検閲を傍観した。


 駐屯地指令が見てるという緊張感は否めない。  新隊員は「間違えたらいけない!」という今までにない重い空気の中で若干だけど基本教練が雑になってしまっていた。  動きも小さく…  目も泳いでいる感じ。
 それでも阿吽の呼吸で次から次へと行程が進む様は見ていて微笑ましい。


 全6チームが発射機の整地撤去を済ませた。  僕も1回だけ整地撤去をしましたよ。  17人全員精一杯の整地撤去を行い…  駐屯地指令からの「ご苦労さん!」の一言で検閲が終了した。
 駐屯地指令の午前の業務は「ご苦労さん!」と言うだけなのは昔からの事。  暢気にクソ面白くもない発射機の整地撤去を眺めて「ご苦労さん!」と言えば給料が貰えるのが自衛隊なのだ。


 「本多一士…  どうですかね?」
 「班付!  今まで一番イイ感じの整地撤去ができました!」  と…  どいつもこいつも笑顔で検閲を終えていた。
 腹の中では「甘いなぁ。 基本教練なんて殆ど先走っていたぞ。」と怒ってやりたかったけど、「うん!素晴らしい整地撤去だった!」と笑って言ってやりました。


 その笑顔が消えないうちに面倒な片づけを済ませました。  まるで防衛大学の卒業式で帽子を高く投げた後みたいな勢いは居室に戻ってからも続いた。  今まで何もかも中途半端で終わらせてきたような奴らが、何かを達成できた時の喜びを分かち合うような…♪  実際僕も同じ気持ちだったけど…  教える立場からして成績(点数)が気になった。


 点数は昼食後の昼休みに水野三曹から教えられた。   「なにか1つでも危険行為があったら再検閲だったなぁ。  あいつらクズだわ!」と言われながら教えられた点数は73点。


 夢にまで見た90点越え…。
やっぱり夢だった。


 「班付ーっ! 点数出ましたか?」と、既に合格を知らされている新隊員から問われた。  検閲合格か不合格かしか伝える事が許されなかったけど…  「よく頑張ったなぁ。 85点ぐらいだったぞ。」と苦笑いで嘘を教えた。  だって僕的には90点を与えたいぐらいだったもん!  73点は教え方の悪かった僕の点数。  合格できてホッとしたのが素直を気持ち。


 その日の午後は新隊員が進む中隊の発表。  全隊員がこの駐屯地内のどこかの中隊に配属されるから、前期教育みたいに北海道から九州に散らばるような事はないので涙を流す事はなかった。
 ただね…  新隊員の希望する中隊が『本多一士と同じ中隊』と書いたバカ野郎が多かったのには涙しました。


 クソみたいな3ヶ月間だったけど今となっては(今となっても)スッゲー良い思い出です。

 あの17人は今どうしているのかな?  学生時代みたいに同窓会とかなんて色っぽいものは無いだろうけど、また一同で会って飲めたら幸せだなぁ。  逃げた1人も元気でやってくれていればそれでいい。  たぶんもう刺しには来ないだろうし…。

by606