90 新隊員教育隊を受け持つ 其の五

 『一生懸命に働いても働かなくても給料は同じ。』  この言葉は僕が一年前に新隊員後期教育隊で教育を受けていた時に、同期生がなんとなく呟いた言葉です。  自衛隊に居た4年間…  この確かで面白い言葉が、最終的に自衛隊を辞める理由になったワケだけど、その言葉すら知らない今僕が受け持っている新隊員17名は、その意味を知り始めたに違いない。

 前期教育は集団生活とはいえ、メインは匍匐前進あるのみの戦闘訓練でした。
 体力の無い者は体力の有る者よりも何倍も苦労すればいいだけ。  64式自動小銃の分解組み立てなどの頭を使う訓練などで時間がかかる者は時間がかからない者よりも何倍も苦労すればいいだけ。
 『一生懸命に働いても働かなくても給料は同じ。』という図式は、前期教育期間には成立しなかったはず。  むしろ誰もが一生懸命だった。

 それがどうだろう?
 発射機の整地撤去を覚えた者と覚えられない者。  一般社会なら、それだけで給料の増減が発生するはず。  僕が17人の雇い主だったらそうしていたし…。  逆に給料の増減が発生したのなら、新隊員は寝る間を惜しんで完璧に覚えていたのかも知れない。


 結局、ある程度覚えた者は『もうできる♪』という頭を持ち…  覚えられない・覚える気がない者は『どうでもいい♪』という頭を持つ。


 これが面白いものでして…  極端な両者の場合、どちらが扱いにくいか?
それは前者の『もうできる♪』という頭を持った隊員です。
 今でこそ一流企業並みに入るのが難しい自衛隊。  その頃はバブル全盛から末期に向かう企業が人材を欲しがる時代。  それは僕が入隊した時に記事にも書いてあるけど、とにかく誰でも自衛隊という温い企業に就職できた時代。  悪い言い方をすれば落ちこぼれの集まり。  

 そんな世に言う落ちこぼれが初めて優等生扱いされれば調子にのるのはよくある事。  さらに2ヶ月間ですっかり此処での生活にも慣れてしまえば有頂天そのものになる。  さらにさらに教えてる僕が1つだけ年上で1つだけ階級が上ともなればナメてかかってくるのも当たり前。


 最初のうちは敬語で話かけてきた新隊員も、この頃にはタメ口に近い喋り方になっていた。  全ては小林士長と久保田士長の新隊員の扱い方に問題があったからだ。  前にも書いたけど、両者は新隊員に対して敬語を使っている。  何歳も年上だし、階級だって2つも上なのに!  その二人よりも年下で階級が下の僕に新隊員が敬語を使うワケがない!


 もっと厄介の事は、落ちこぼれ集団から生まれた優等生と劣等生との間にできた溝。  昔からよく言いますね…  『弱い者は自分よりもさらに弱い者を叩く』と。  2ヶ月前には名前さえ知らない同士だったのが、優等生から見た劣等生はただ腹が立つだけの存在と化してしまった。  真夏のクソ暑い太陽の下で覚えていない隊員のせいで整地撤去をやり直しさせられれば何倍も腹が立つのは誰でも同じ。  腹が立たないのは覚えられない隊員だけ。  それでも同じ班の隊員に罵声を浴びさせ続けられれば腹が立つのも分かる。  それぞれ隊員のそれぞれのストレスが爆発して取っ組み合いの喧嘩が始まる。 
 

 喧嘩になれば優等生も劣等生もない。  高校を卒業してもBE-BOP-HIGHSCHOOLに憧れが残る両者なので双方が主役みたいなカッコイイ台詞を発しながら喧嘩をする姿は結構笑えた。
 ケガをしないうちにとりあえず引き離すけど、引き離せばBE-BOP-HIGHSCHOOLはさらにエスカレートするから本当に笑えたね。


 喧嘩はよくないけどストレスを発散するのはコレしか方法が無かったといえばそれまで。
広い訓練場での喧嘩なら壊れる物はないけど…  これが狭い居室の中だとケガも半端じゃないし、壊れたり倒れたりする物が多いので困りましたね。  ヤンヤヤンヤ喧嘩を盛り上げるような隊員はおらず、直ぐに静止する隊員ばかりなので助かりはしました。


 不思議な事に優等生同士、劣等生同士が揉める事はなかったです。
 そんな双方の喧嘩や揉め事・言い争いは本当に多かった。  
 僕はそんな17人を見るに見かねて宴会と称した親睦会を決行!  一人2000円の会費を出させて駐屯地内のクラブに夕飯を食べてから連れて行きました。


 普通なら御飯を食べる前に飲むのでしょうが…  それでは2000円じゃ済まないので飯を食ってからです!

 土曜日の夕方、食堂からそのまま駐屯地のクラブまで2列縦隊で行進。  行進してクラブまで進むのは滅多にない事だと思います。  行進しながら僕は「2000円以上食うなよ!」と願いながら歩いた。


 どうせ未成年だから、たくさんは飲めねぇーだろう!  晩飯をたらふく食べた後だから、たくさんは食えねぇーだろう!
そんな思い込みはモロくも崩れた。  かなりの追い金は自らへの負い金と化し…  負け戦(T。T)  ちょっぴり儲けるセコイ算段だったので、ちょっぴり後悔しました。

 しかも酔った勢いで帰り道で喧嘩が始まる始末。  喧嘩は一箇所に止まらず…  あっちこっちで始まっている。  酒のせいにして僕に蹴りを入れる奴も出てきた。

 酔った一人が馴れ馴れしく肩を組んできて僕にこう言った。
 「本多班長!(班長じゃなくて班付だよ) 俺は(自分はと言え)小林士長と久保田士長が許せないっす!」と…。  どうして僕じゃなくて小林士長と久保田士長が許せないのだろう?と不思議に思ったので何故なのかを肩を組みながら尋ねた。

 「小林士長はともかく… 久保田士長は許せないっすね!  訓練が終わるといつも部屋に来て「本多がゴチャゴチャと悪かったなぁ。 すまんなぁ、本多が悪くて!」と、うちらに媚び得るんすよ。」
 (>。<)はぁ。(溜息)
 教育隊じゃねーよこんなんじゃ!


 どいつもこいつも(自分も)酒の飲み方を知らない未成年者。
未成年者が飲み会の幹事をして参加者17人全員が未成年者という飲み会。(駐屯地内は治外法権です)  ゲロは吐くし大声出すし…  大勢の方々に翌日と翌々日に叱られました。  全て平謝り。  
 でも翌日から新隊員全員にスッゲー変化が現れました。  喧嘩はもちろん言い争いや揉め事は一切なくなった。  そして出来る者は出来ない者に積極的に教える驚く光景を目の当たりにするし…  金払って叱られた甲斐があったような感じ♪


 肩を組んで話した奴の一言は17人全員も同感だったらしく…  なぜか翌日からは僕の言う事だけは素直に聞く17人になっていた。  だからと言って優しくはしねーぞ!って思ったけど、隊舎から訓練場にある発射機まで駆け足行進をするのをヤメて、歩いて行く事にしました。  新隊員は不思議な顔をしてましたが、鞭ばかりじゃなくて飴も必要な事ぐらい高卒の僕だって分かります。
 あの宴会から17人が一致団結するようになりました。  教育隊も新隊員も全てを敵にまわして四面楚歌で全然面白くなかったけど…  やっと面白くなってきやがった♪
by606