89 新隊員教育隊を受け持つ 其の四
 脱柵した新隊員の行方が分からないまま翌日からは通常通りに訓練を行いました。
 発射機の整地&撤去の訓練は3人1組なので抜けた新隊員の穴は僕が埋めて、新隊員2人と整地&撤去の訓練に励んだ。


 2ヶ月も過ぎれば発射機の整地&撤去の手順はほとんどの隊員が覚えました。  そりゃあ毎日毎日、発射機の整地&撤去の訓練をやっていれば夢の中でも整地&撤去ができるぐらい。
 だけど『個人差』というものは教える側の立場からして避けては通れません。  完璧に覚えて、基本教練もビシッとできる新隊員もいれば、しどろもどろで未だに考えながら発射機に向かっている新隊員も存在します。  手順を覚えない限り、一連の動作に必要な基本教練は出来ません。  3人1組なので、2人が覚えていても1人が覚えていなければ完成しないのです。

 ここからが各チームの『力』です。
 言い方を変えれば『連帯責任』となります。


 前期新隊員教育期間から後期新隊員教育期間に移るには『適正』重視で『希望』は二の次だという事を以前書きましたが…  今回、教える側からして「どうしてこんな奴が?」と思える隊員も数名居たのは事実。
 そんな前期教育から後期教育に移る時に『適正』も無いのに『希望』が通らない時は、こんな裏技があります。  それは『辞職』するという技。  「希望が通らなかったら退職します!」そんな事を胸を張って言えた時代。  ある意味で正当な反則技ですね。  そんな新隊員の反則技を喰らった前期教育期間に携わった上官は、辞められたら自分の汚点になる事を恐れて新隊員の言うがまま…。  それが自衛隊。  どう見てもその反則技を使って高射特科部隊に来たとしか思えない隊員。  それはそれで後々苦労するものだと…  自分で撒いた種だけに、無様にしか見えませんでした。


 まず…  発射機の整地&撤去の号令(セリフ)は英語が7割。  この時点で意味は分からなくても、それなりにスペルが読めなければイキナリつまづきます。
 そして覚えが悪いのも自分で自分を追い込み…  次第に他の2人の足を引っ張る。
 どんなに「覚えよう! 頑張ろう!」としても基本的に此処に来た時から周回遅れなので差が開くばかり。  かと言って死ぬほどの努力はしない。  出来なかった時だけしか「覚えよう! 頑張ろう!」としか思っていないのは僕の目から見ただけで十分わかった。
 
 分からない。  覚えられない。  だったら僕が教えてあげるのに…  その為に僕が嫌々この任務に就いているのだから!  でもそういう奴ほど僕を頼らない。  順調に覚えていく奴らは発射機の整地&撤去よりも上の事を僕に質問してくるぐらいなのに…  できない奴ほどベットでウォークマン聴きながら時間を潰しているのが現状だ。


 3人1組で6チーム。  18名(現17名)の新隊員の様子は訓練開始後2ヶ月の時点で成長が止まった。  『なんとかできる程度』  これ以上の成長は訓練を何度繰り返しても無い。


 新隊員を教えるのは班長2人!  僕はその班長のお手伝いをする班付という任務。  ここまでも、これからも班長が教育隊隊長の下で汗水垂らして教えるのが筋。  これまでずっとそれが教育隊だったはず。
 そんな足踏み状態で『完璧』な状態でない新隊員の整地&撤去を見た教育隊隊長と班長は全てを僕の責任に置き換え始めた。

 「本多… こんな状態で検閲(終了検定)は合格せんぞ。」と水畑3尉。
 「本多… 今まで何やっとたんじゃ?」と水野3曹。

 僕から言わせてもらえば、「テメェらが率先して教育訓練するのが教育隊じゃろうがぁ!」という感じ。  そんな僕のストレス。  そのストレスの発散は17人の新隊員にしか向けられず…  自分も一緒に訓練場まで走るから同じように苦しいけど『回れ進め!』の繰り返しで新隊員を苛める。


 苛められた新隊員17名の文句の吐け口は、優しい小林士長と久保田士長に向けられていたのは後で知った事です。


 頑張れば頑張るほど四面楚歌に陥る性格は今でも変わらない僕だけど…  あの頃は突っ走り過ぎていたのかも知れない。  気がつけば64kgあった体重は54kgまで落ちていた。  持久力は上がったが、底力という自衛隊には欠かせないパワーを失っていました。


 水野3曹は「胃が痛い」という理由で週に3日は自衛隊病院に課業中に通院する始末。  課業中に任務を放ったらかして病院に通っても給料は同じなのが自衛隊。  入院したら給料もボーナスも減らずに保険が入ってお得なのも自衛隊。  
 関係ない事だけど…  1年後、「腰が痛い」と言って入院した江藤。  入院前後、オフロードバイクで遊んでいても給料と保険を手にしていた。


 「本多… こんな状態で検閲(終了検定)は合格せんぞ。」と水畑3尉が言い放ったセリフ。  それは確かな事でした。  もし合格ラインを下回れば、再検閲(再検定)という事で、後期教育期間は終了できない。  早い話が合格するまで一生このままだという事。
 その事を翌日の訓練開始前に新隊員に告げた。  水畑3尉(教育隊隊長)が僕に言い放った脅し文句。  その脅し文句を僕は新隊員17名に言い放った。  僕は水畑3尉を卑怯だと思ったけど、今僕は水畑3尉と同じ卑怯なマネをした。  『嫌な奴』 『うざい奴』だと新隊員から思われているだろう僕…  さらに『卑怯な奴』だとも思われたに違いない。
 だけど、葉っぱをかけるにはもうこの言葉しかなかったのも事実。  その言葉で全く予期できなかった事態が起きてしまった。
by606