84 新隊員教育隊を受け持つ 受け入れ編
 
 今日と明日は新隊員を受け入れるだけで終わる二日間。  
 近くは姫路駐屯地から…  遠くは名古屋守山駐屯地から…  その他いろんな駐屯地からやって来る新隊員を眺めていれば給料が貰える。  それが自衛隊。


 朝からのんびりと時間を過ごす。  部屋の事は最近やって来た新兵に任せておけばいいし♪  まるで老後!  しかも中隊の指揮下に入らず、ある程度マイペースで一日を過ごせるのが魅力的。
 何年も先輩である先任陸士よりも優雅な待遇。  朝礼後はソファーに座ってコーヒーを飲みながら時間を潰している。  そろそろ近い順に各地から新隊員が到着するので、教育隊に向かいました。


 教育隊では先任陸曹が一人でバタバタ動いてる以外、教育隊隊長の水畑3尉以下はのんびりと過ごしていた。  先任陸曹は定年間近のお爺ちゃん。  まるで孫を待つ感じ。  一人で重たいテーブルなどを黙って運んでいるので久保田士長と一緒に手伝った。
 「こんなに準備不足の教育隊は初めてだっ! 水畑3尉の悪口は言いたくないが、あれで教育隊の隊長は務まるのだろうか?」と…。
 僕には全然意味が分からなかった。  しかしその意味は次第に目に見えるようになり…  理解し…  全てが自分の身に降りかかる事になろうとは、この時は全く分からなかった。


 そのうちに一番近い姫路駐屯地や善通寺駐屯地から数名ずつ到着。
 水野3曹と小林士長が手分けをして各隊員をそれぞれのベッドまで案内した。  その様子を僕と久保田士長は後ろで見ていました。  水野3曹は相変わらずチャキチャキテキパキとやっている。 「なかなか手際がイイじゃん!」と見直した。   
 小林士長は平和な本部管理中隊の癖だろうか?新隊員に敬語を使って案内している。  「これでは新隊員にナメられるのでは?」と若干心配になったけど…  僕は水野3曹の班付。  面倒喰らうのは久保田士長だから、どうでも良かった。


 到着した新隊員は黙々とたくさんの荷物を規則通りにロッカーに入れる。  
 『ロッカーに入れる規則』  制服関係はロッカーに掛ける順番があります。  一番右から制服のコート、冬制服、戦闘服という順番に掛け…  テント道具一式はマニュアル通りに畳んでロッカーの上に置き、一番上に鉄パチを置きます。  現金などの私物に関してはベッドの下にあるカギの掛かるロッカーに入れるようになっています。


 だいたいこの時に真面目な隊員と不真面目な隊員は把握できますね。  中隊長以下は新隊員個々のデータを前期教育隊から申し受けて、目を通しているので既に把握済みだったはず。  僕ら班付には何故か見せてもらえなかった。  僕は『前期教育隊は前期教育隊で、後期教育は後期教育隊』という頭で新隊員と向かい合っていくつもりでした。


 さすがに姫路駐屯地と善通寺駐屯地以外の到着は遅いです。
新隊員5名ほどを水野3曹が隊列を組ませて食堂まで先導しました。  歩きながら駐屯地を紹介しています。  僕は最後尾をニコニコしながら歩きます。  途中で同期生とすれ違うと驚いた顔をするのが面白かった。  いや〜班付って楽な仕事だよなぁ〜♪


 昼飯から帰って教育隊のソファーで寛いでいたら、久保田士長が僕を呼び出して「本多… 新隊員がベッドで寝てるぞ!」と一言。  なんで僕よりも階級が上の久保田士長が僕に報告するのだろう??  自分で注意すればいいのに!!


 注意をしに一緒に新隊員の居室に入りました。  「ほれっ!」と…お前が注意しろよ!と言わんばかりに背中を押された。  「はぁ?」と思ったけど、居室に入ってモジモジしていたら変だから「前期教育隊では昼休みでも課業中にベッドで寝る事を許されてたのか?」と真顔でさり気なく注意。  
 僕らが入った瞬間にベッドから離れた新隊員もいたけど、「すみませんでした。」と起きて床に座る隊員もいた。  悪びれる様子も無く寝ている隊員1名!完全に爆睡してる。  同じ駐屯地から来た新隊員が気を利かせて揺すり起すと、殺意溢れる目で睨みつけた。  次に僕と目が合って、寝ていた新隊員は黙って床に腰掛けた。


 「昼休みでも課業中は寝るな。 寝るならこっそり寝ろ!」と…  あの目に冷たいモノを感じた僕も何を言ってるのか分からない。


 部屋を出て久保田士長に「今度からは自分で注意してくださいよ〜!」と言ったら、「だって水野3曹が、居室で寝てる奴がいるから本多と二人で気合入れてこい!って言われたんだもん。」と…。  どーして班長が真っ先に怒鳴って注意しないの??  僕の前期&後期教育隊時代は常に班長が真っ先に暴れていたのに、なんか変!  班付は訓練の準備と片付けという、ある意味での一般的な雑用(お手伝い)が任務だったはず。  時々班員の悩み事の相談にのったりするのが楽しみだったのになぁ。


 「本多。 ベッドの上で空き缶を煙缶(灰皿)代わりにしてタバコ吸ってる奴がいるから注意してこい!」と水野3曹から言われた。  さっきの事から僅か数分での出来事。  少し頭にきたので「規律違反をしているのを見て、どうして班長は注意しないのですかっ!?」と強気で言い返した。  

 「俺は発射機の整地撤去を教えるのが仕事だから、そういう雑用はお前らがやるのが当たり前だろう!」と…。
何か違う。
ある意味でごもとっもな御言葉だけど…  そうじゃないだろ?
 そのやり取りをニコニコしながら見てるだけの水谷3尉。  それが本当か?  それが教育隊かぁ??
1等陸士になったばかりの隊員が新隊員に服務規則を叩き込まなければならないのか??
規律に反する事をしている新隊員を見かけておきながら見て見ぬフリをして通過し、後で僕らに注意に行かせる班長に、その一言で不信感を抱きました。

 居室に入ったら、さっき爆睡していた新隊員がまたベッドで横になって空き缶でタバコを吸っている。
 「空き缶に吸殻を入れる事は許されない。 ちゃんと煙缶(灰皿)を使って所定の位置で吸え!」と注意したら、今度はニヤニヤ笑いながら空き缶を片付けて煙缶を使ってタバコを吸うようになった。
 『こいつ頭悪いのか?』と思ったけど、注意すればキチンと正すところは単に横着なだけなのかな?


 国旗降下までに全国から個性的な新隊員が18名無事に到着しました。  午前中は静かだった居室も煩いくらい賑やかになりました。
 僕らの時も班長は思ったのかな?  「こいつら全員馬鹿ばっか!」と…。

 明日は駐屯地内の紹介と訓練場の紹介という安易な一日。  本来なら笑って朝を迎えて、笑顔で明日も終わるはず。  だけど、あの班長の一言が肩と胃に重く圧し掛かる。  その圧迫感はこれから90日間日々強くなろうとは…  それもこの時はまだ知らなかった。
by606