80 一等陸士に昇級
 なんの事は無い階級が一つ上がっただけ。

 仕事ができようが、できまいが…  勤務態度が良くても悪くても…  ところてん方式に、この年の3・4月隊員は全国的に二等陸士から一等陸士に昇級する。
 もちろん給料も数千円のUPだ。


 一等陸士に昇級して何が変わるか?
 腕の標した安っぽい階級章が1本線から2本線に変わった他は、「本多二士!」と呼ばれていたのが「本多一士!」と変更されたぐらいです。


 余談になりますが… 
 氏名の後に階級をつけて呼ぶのは自衛隊しかないと思います。  会社などでは氏名の後に「○○部長!」とか「○○係長!」などでしょう。  警察は「○○警部!」「○○巡査!」などで、果物みたいに等級をつけて呼ぶのは自衛隊ぐらい。


 そんな果物みたいな等級をつけられて、それが1つ上がったぐらいで喜んでいるのは自衛隊マニアか愛国心旺盛な隊員ぐらいです。  二等陸士も一等陸士もドン底の階級に違いない。  
 僕は、階級が一つ上がっただけで偉くなった気になっている奴が大嫌いだった。  なぜなら豊川駐屯地での新隊員前期教育期間の初期の頃に、欠礼(すれ違う時に敬礼しない事)をした時に僕をボコボコに殴った相手が一等陸士だったから。  あの頃から一等陸士は全員『チンピラ』にしか見えなかったもん。


 階級が上がっても偉そうにせず、何も変わらないままの自分をキープしたいと思った。  現状、自衛隊生活が大きく変わる事なんてなかったし…。


 余談は続きますが…
 氏名の後に階級をつけて呼ぶのは自衛隊しかないので、名字が階級に似ていると呼びにくい場合があります。

 例えば『西さん』とか『西井さん』という名字は笑いを取る事ができました。  西二士! ←ある意味呼びにくい。

 西さんが一等陸士に昇級したら…  西一士! ←もっと呼びにくい。

 石井一士! とかもね(^-^)


 本文に戻って…
 昇級したのは入隊した年の12月。  通常は満1年で昇級するのですが…  なぜか3・4月隊員だけは数ヶ月早い昇級でした。

 僕と江藤の二人で中隊長の前で申告をしなければなりませんでした。
同期生でも『あいうえお順』は通用します。  あいうえお順では江藤のほうが上になる感じ。(ちょっと許せなかった)  そんな江藤が「きょうつけ!」 「敬礼!」 「直れ!」と号令をかけて…

 「申告します! 江藤二士他1名は二等陸士から一等陸士に昇級します!」  そして再び、きょうつけ・敬礼・直れで簡単な儀式が終わりました。
 中隊長から一言二言訓示を受けました。  江藤は優秀自衛官で僕は不良自衛官のレッテルを貼られていたので、中隊長の目は終始江藤に向けられていたのを忘れません。  まぁ、おいらにゃ期待してないちゅー事やね♪


 中隊長室を出たら補給陸曹からか人事陸曹からか覚えてないけど、2本線の階級章をたくさん貰った。  戦闘服や制服の階級章を縫い替えなければなりませんでした。
 「スッゲー面倒だなぁ。」と思ったら、僕と江藤の今日の仕事はコレでお終い。  一日の仕事が階級章の縫い替えだけ!  こんな事…集中してやれば1時間で片付くわ。  これが自衛隊。


 部屋でコーヒーを飲みながら、の〜んびりと戦闘服4着・制服3着・コートやら防寒着やらをロッカーから全部出して古い階級章を全部外しました。  

 2着ある普段使っている戦闘服の階級章を外したら、くっきりと跡が残っていました。  「元々の色ってこんなに濃い色だったんだぁ♪」と…  新隊員で入隊した時に、新品の戦闘服を支給された時の事を思い出す。  なんとも懐かしい!  豊川駐屯地で一緒に教育を受けていた皆の顔も思い出す。  いろんな事を思い出す。  苦労した事って絶対忘れませんね。

 制服とかコート類は、ほとんど使ってなかったのに薄く階級章の跡が残っています。  そんな階級章の交換は簡単でした。  階級章の横幅は同じで、少し長くなっているだけなのでコピペして縫うだけみたいな感じ。  のんびりやって2時間で終わりました。


 一等陸士の階級章を縫い付けた戦闘服を着て部屋を出るのは少しだけ恥ずかしかったなぁ。  どんな顔をして歩けばイイのか分からなかったもん。  「偉そうにせず…  今まで通り…」と自分に言い聞かせて中隊の廊下を歩いてみたけど…  やっぱり嬉しかった18歳の終わり頃。
by606