76 新兵配属 其の弐
   ベットで休んでいた僕に無表情で近づいてきた先任士長。  「本多。 新兵の件だけどなぁ…」
(^0^)おーっとぉ!  やっと誰が来るのか教えてくれる!  「はい。 どんな奴ですか??」


 
 「今回は、うちの部屋には来ないから。」


 (^0^)?  …。


 「え??  来ないのですか??  3人も配属されるのに??  部屋に一人ずつ来ないの??」 

 「ああ。  俺が断った。  また芝谷(僕が来るまで一番下だった隊員)みたいな奴が来たら落ち着かんからな。  次回は新兵を入れてやるでな。」


 (>。<) なんでだっ!  一生懸命に部屋の事をやってきたのになぜ?  ぶっ飛ばす!  気が済むまで殴ってやる!  と…一気に沸点に達した。
 だけど、自衛隊に入る時に家で泣きながら見送ってくれた祖母の一言が頭を過ぎった。
 『上官さんには逆らったらあかんよ。』  見送ってくれた時は他の隊員も乗用車の中に居たから、恥ずかしくて相手にもしなかった祖母。  あの時の言葉を思い出して、歯を食いしばりながら落ち着くと同時に落胆。


 陸士部屋1班に1名。  江藤の居る陸士部屋2班には2名の新兵が入る事になった。


 新兵はその日の午後に荷物を持って中隊にやって来ました。  何気なくすれ違って思った事。  「どれも普通の隊員じゃん!」  「変な奴なんていないじゃん!」  3人ともキチンと敬礼して挨拶してくれた。

 
 昼礼に出る前に煙缶(灰皿)の吸殻を捨てに行った時に、既に江藤の新兵教育が始まっていた。  「ここに吸殻を捨ててキチンと並べておけ!」  江藤…既に上官だ。  あたしゃ〜また三ヶ月間(部屋では)新兵ですわ。  なんの因果だろ?


 昼礼で新兵の紹介と挨拶が例の如く始まりました。
 「○○2士…○○県○○市出身! 21歳!」  ふ〜ん…僕より3歳も上なんだぁ。  などと考えながら3ヶ月前の自分と江藤を思い出した。  なんだか差がついたなぁ。  自衛隊に居る間中こんな感じなのかなぁ?


 最後に人事陸曹が新兵が入る部屋を言って「陸士・陸曹とも宜しく頼む!」と〆た。  その時誰かが「3班には入らないのか? 本多は新兵のままだな♪」と笑って叫んだ。
 スッゲー我慢したけど涙を抑える事ができなかったです。  この涙は今までに味わったことの無い味がした。


 中隊としては新兵が配属された事によって自分の新兵という位置は消えたけど…  課業後はもちろん、課業中も部屋では新兵のまま。  部屋の誰かが「コーヒーくれ!」と言えば僕が作って渡さなければならない。  飲み終わったらコップを洗っておかなければならない。
 今までと何も変わらない生活が、また3ヶ月間続く。


 『今までと何も変わらない生活が、また3ヶ月間続く。』  そうではなかった。
 今までは毎朝班長のパンを食堂の前に真っ先に並んで確保して、まだ寝ている班長の枕元に置いていたけど…  いつも食堂の前では同期の隊員と喋りながら待っていたのが、翌朝からは全然知らない隊員ばかり。  もちろん8月隊員の新兵。

 毎朝、江藤と交代交代にリアカーを引いてゴミ捨てに行っていたのに、すれ違うリアカーを引いているのは8月隊員の新兵。  時々8月隊員にリアカーを引かせて横を歩く同期生からは、「本多、まだリアカー引いとんのか?」と笑顔で言われた。  
 各中隊に散らばった同期生は僕以外全員に新兵が就いていた。

 毎晩、班長の半長靴を磨く生活も変わらない。

 起床ラッパで二段ベットから飛び降りて電気を点けて…  消灯ラッパで電気を消して二段ベットによじ登って寝る。
 新兵が入る前は当たり前だと思っていた仕事が全て理不尽の思えた。


 この生活…  1ヶ月が限界でした。  耐えられなかった。


 外出禁止令が解かれて、僕は久しぶりに姫路市内に映画を観に行きました。  青野ヶ原のバス停⇒姫路駅⇒映画館⇒ゲームセンター⇒餃子の王将⇒姫路駅⇒青野ヶ原のバス停  それがお決まりのコース。  姫路のセンター街で全て事が足りるコース。
 映画は何を観たかは全然覚えていません。  だいたい一人で映画を観に行くのも初めてだし。  映画館の中でいろいろ考えた。  真っ暗な場所でいろいろ考えた。


 家に帰ろう。  …と。
by606