71 初めての演習 完結
 「くそったれ!とはどういう事かな?」  中隊長から直々に声をかけられたのはコレが初めてだったかも。  チェックメイト!  そんな状況から抜け出す方法は『嘘』をつくしか方法はない。  封筒に『辞表』と記されてなかったのがせめてもの救い。

 「冗談で友達に渡す手紙が… どうして中隊長がお持ちなのですか?」と逆に質問してみた。  

 「そうか。 友達に渡す手紙だったのか。 それならいい。」と少し笑顔になった中隊長は僕に辞表ならぬ友達への手紙を返してくれた。  渡される時に「辞表かと思ったよ。」と…  図星(>。<);   中隊長にとって、辞表じゃなくて良かったのか?辞表のほうが良かったのかは定かではなかったけど、無事にこの場を逃げる事ができた。

 中隊長にとって、依願退職者を出す事は訓練事故と同じくらいの汚点になる。  『辞める』という事は最大にして最強の武器だと気がついたけど…  『辞める』という事は一番卑怯な事だとも分かった。


 演習が終わってからは丸一日片付けになります。
一番大変なのは装甲車の洗車とレーダーや発射機の洗浄手入れです。  合羽を着て長靴を履いてヘルメットを被って洗車をするのは自衛隊ぐらいなものでしょう。


 まず擬装網(バラキューダ)を駐屯地内にある洗車場に一枚ずつ広げて高圧洗車ガンで次々と洗って、次々と道路に干します。  これは凄く楽しい作業でした。  クリーニング屋魂が炸裂します!


 そしてレーダーや発射機が装甲車に牽引されて入れ替わり立ち代り洗車場に入ってきます。  左手に洗剤の入ったバケツを持って、右手に洗車ブラシを握って洗浄。  高圧洗車ガンの水を浴びながら洗車している姿は、機動隊に制圧されているデモ隊そのものです。  目や耳に直接当たらないように気をつけながら作業します。


 全部のレーダーや発射機を洗い終えたら最後に装甲車を洗車です。  装甲車は荷台から砂や小石を洗い落としながら進みます。  そして一番大変なのがタイヤ!  前輪2本  後輪4本  泥が乾いた大きなタイヤを洗うのがメインです。  この頃には着ていた合羽も水を弾くどころか吸収するほどビショ濡れ。  隊員は合羽を脱いだりTシャツ1枚になって洗車します。


 一番笑ったのが洗い終わったタイヤが乾いたらタイヤWAXを塗る事。  この洗車を指揮している幹部はA型だと分かります。  高級乗用車じゃないんだぞ!


 洗車で丸一日与えられた僕達の仕事は午前中には片付きます。  陸曹クラスは訓練場でレーダーの点検などをしているので、全ての片付けは昼飯前には終わりました。  
 昼礼で訓練幹部が「午後は各自の身辺整理!」と言うと、陸曹クラスは笑顔。  身辺整理=課業終了  よって僕らも午後からは仕事がありません。  これでも給料は同じなのが自衛隊。


 部屋の人達や陸曹クラスは個人の洗濯をしたり、テレビを見て寛ぎます。  しかし僕は休めません。  残った幹部の小銃の手入れやら、昨日できなかった自分の装備品を洗ったりしなければなりません。  戦闘服も半長靴も泥だらけのまま1セット放置状態だし…。


 のんびりと片づけができる時間は凄く幸せだった。  一人で考え事しながら…  日曜日は何処に遊びに行こうかとかニコニコしながら片づけができる。
 でも新兵の悲しい定めで、誰からともなく野暮用を言いつけれます。  面倒な事はなんでもかんでも新兵です。

 「本多ー! ちょっと手伝え!」  「ついでに俺の靴も磨いとけ!」
なかなか片付けられません(>。<)@  ストレスは秒刻みで増していくのが新兵です。  どうして江藤には言いつけないの?  それだけでもストレスが溜まります。

 でも僕には昨夜届いた『手紙』という特効薬がある。  それを読み返せばラムネを飲んだように爽やかになれる♪

 おかげで終礼までに全ての片づけが済みました。  自分なりによくやったと思えた。


 また普段通りの生活が始まる。  終礼が終わっても寝るまで新兵としての仕事がある。  寝て起きれても新兵。  3ヵ月後に新しい新兵が入って来るまで新兵。
 日曜日に外出している時だけが新兵から解放される。  100%の自由を味わえれる。  早く外に出たい!  早く日曜日になってほしい!

 ウキウキワクワクの土曜日の終礼(昼飯前で課業終了)…  訓練幹部から個人的に言われた事。  『江藤の件、これより1ヶ月間の外出禁止。』と…。  (T。T)やっぱり辞めておけば良かった。
by606