65 初めての演習 其の壱拾弐
 命令をされたフリをして、さっさと小隊に戻って休んでいた江藤。

 命令を聞いてないフリをしてテントの裏で見えないようで見えている『何か』に逆らっていた僕。

 どちらも小さい人間だった18歳。  目くそ鼻くそ、同じ穴のむじな。 
先にふざけたマネをしたのは江藤だと僕は思っていたし…  それなりに積もりに積もった腹立たしさがあった。  でも『同期生』という消したくて消えない柵(しがらみ)がある。
 「なんでこんな奴と同じ中隊なのだろうか?」  同じ中隊=辞めるまで一緒。  そう考えただけでストレスになっていたのが本音。


 中隊検閲(演習)は明日の早朝に激しい戦闘が行われて終了となるらしい。
少しだけ明日が見えた(^-^)  それでも体は限界。  一番下の階級だから誰からもコキ使われていた。  幹部や陸曹クラスにコキ使われるのなら我慢できたけど…  たった3ヶ月先に入った隊員からも嫌がらせの如くコキ使われる事は我慢できない。  たった3ヶ月でも上官である事には違いないけど、履き違えた指示の多くに奥歯を噛みしめていた。
 しかも江藤と仲がイイから困ったものでして…  結局、江藤の要領の良さは中隊に配属された時から輝き続けていた。


 そして晩飯。

 テントの裏で手を抜いて休んでいるほうが疲れる事が分かった僕は、64式小銃を背負って一人でトボトボ歩いて炊事車両に向かいました。  炊事班の隊員から幹部の飯ごうを受け取って待機。  そんな待機してる間に自分の食事が済ませるのに、自分は食べる事ができません。  先に食べてから幹部の準備&片付けができれば効率的なのになぁ。
 しかも江藤は(やっぱり)来ないし…。


 各小隊から次々と隊員が来て、炊事車両に列を作り始めた。  幹部が一人来るたびに並んでる隊員の一番先頭に入って幹部の飯を炊事班に入れてもらう。  正直…  僕ら一番下っ端の隊員は演習ではなく、これが戦争(実戦)みたいなもの!  『休む暇もない』とはこの事だと痛感した。


 一人で幹部の飯の支度をするのは結構大変だった。  歩く力さえ無くなってきていた。
途中からは飯の支度と洗い物を両立しなければならない。  「おーい!本多! ○○2尉の飯ごう持って来い!」  「さっさと片付けろ!」 と炊事班に怒鳴られる。  あたふたしながら幹部の飯ごうを洗っていると、横着な陸曹が目の前のバケツに飯ごうを放り投げて「洗っとけ!」と一言。  『こいつらいつか殺してやる。』と腹の中でメラメラと殺意を燃やしながら笑顔で「分かりました。」と…。


 そして溜まっていたモノが一気に爆発する一言が僕の耳に投じられた。

 「本多〜 僕の飯ごうも洗っといて♪」  江藤だった。

 おもいっきり目の前のバケツを蹴り上げたまでは覚えているけど…  他の隊員に押さえられるまで、江藤に馬乗りになって殴り続けていた。  わずかな時間だったみたいだけど、江藤の顔は血だらけになっていた。  僕が殴った事に間違いないけど、どうやら僕は江藤の鉄パチ(鉄のヘルメット)を一番最初に殴ったみたいで… 右の拳から酷く出血していました。
 我に返って血だらけの江藤を見た時は死んでるのかと思った。


 誰が見ても僕が悪い。  僕が何を言っても江藤が被害者。
何か喚いている江藤を遠くから眺めながら『どうなるんだろう?』と…一人で呆然としていました。


 結局江藤は駐屯地に帰る事になりました。  理由は顔のケガと腰痛。  なんで腰痛?  僕は直ぐに仮病だと分かりました。  だって後期教育隊の頃も面倒な訓練の時は腰痛を理由に横着していたんだもん!
 だけど今となってはそれすらも僕が原因となっていた。  最悪だ。

 僕の拳は江藤の鉄パチの角を殴ったらしく、パックリと割れていて血が止まらなかったので衛生隊のお世話になりました。  ゴムみたいな絆創膏を貼られて、包帯でグルグル巻きにされました。  まるで白いボクシングのグローブみたいだった。  しかし駐屯地に帰される事はなく…  過酷な最後の演習を迎える事となった。


 肉体的にも精神的にもボロボロの上…  気分も最悪。  早く終わってほしい演習だったけど、このまま演習場から帰りたくない気持ちになっていました。  
 江藤を殴った事で味方の中隊を敵に回した感じ。  向かうところ敵ばかり。  一体何が演習なんだ?  一番下っ端だからってナメんじゃねーぞっ!!
こうなったらとことん不良自衛官になってやろうじゃーねか!!  


 一生懸命やっても腰が痛いと言ってベットで寝ていても給料が同じなら横着したほうが『得』だっ。
by606