59 初めての演習 其の六
 3トン半の装甲車に電気ケーブルと諸元ケーブルを3人で力を合わせて積み…
バラキューダとその骨組みを積み…  発射機を固定する台座3枚や台座を固定する板を何枚も積んで、更に機関銃や個人の荷物を積み終えたらヘロヘロ。  発射機を装甲車に牽引したら演習場に移動するまで待機。  この『待機』している間に少しでも休憩をしたいのが人間。  しかし休憩できないのが新兵なのであった。


 同じ射撃小隊はもちろん、違う小隊で撤収作業が遅れているクルーの支援に行かなければならなかった。
自分らの任務を精一杯やってからの支援は、疲労に疲労を上書きするようなもの。  できればこっそり草むらに隠れて横になっていたい。  できるだけ楽そうなところに行ったつもりがドラム缶を運ばされたり…  やっと終わったと思ったら夕飯。  再び江藤と幹部の飯の支度に追われる。  その頃からポツポツと雨が降り始めた。


 幹部に飯を運んでいる最中に中隊長が「全員雨具装着!」と言う。
どの隊員もさっさと晩飯を済ませて合羽を着に戻る。  しかし僕らはいつまでものんびり晩飯食べて寛いでいる幹部連中の晩飯の支度と後片付けをしなければならない。  若くてヤル気の無さそうな幹部に至っては、イスに深く腰掛けて膝を組んでお茶を飲んでいる。  僕と江藤の戦闘服は見る見る雨を吸い込んでいる。
 

 幹部の接待が終わった頃には雨は本降りになっていた。  晩御飯は雨茶漬け。  御飯が寒さで湯気立っていた。
自分達の荷物が積んである装甲車に戻って、既に濡れた戦闘服の上に合羽を着ても冷たさが倍増するばかり。  寒い!  日が暮れただけでも寒いのに、濡れた戦闘服と合羽に打ちつける雨は容赦なく体温を奪いました。

 自衛官は傘を差す事が禁じられています。  それは駐屯地内においてはもちろん、駐屯地外で制服着用時も同じです。  演習中に傘なんて差せるワケないし!
 移動までの数分を装甲車の下で仔犬のように震えながら雨宿りをした18の夜。


 装甲車のドライバーは大型免許と大型牽引免許を持っている隊員に限られる。  ほとんどの陸士長以上は持っていた。  αクルーは僕を除く2人が免許を持っています。  その場合は若い隊員がドライバーとなり、上官が助手席に座ります。  装甲車は普通3人乗り。  しかしドライバーと助手席の間には雨に濡らしたくない荷物を置くのが通常らしく…  僕はと言うとバラキューダやケーブルなどが無造作に置いてある荷台に乗る事になります。
 新兵は荷物以下なのね。

 装甲車は骨組みに擬装網が張られているので雨はもちろん風にもさらされます。  寒い!  死にそうなくらい寒い!  こんな寒さは今までに味わった事がなかった。
とにかく少しでも風に当たらない場所&雨に打たれない場所を探した。  そしたら荷台の一番前が運転席の陰で雨も風も当たらない場所だと分かった。  防波堤ならぬ防風雨堤?  そこに置いてあったバラキューダが不思議なほど暖かい事にも気がついた。  葉緑素を含む擬装網。  昼間に畳んであったので毛布以上の暖かさを保っていた。  僕は寝袋に入る様に網網のバラキューダに全身を潜らせました。  幸せなくらい暖かい♪


 20台を超える自衛隊車両のツーリング。  いろんなレーダーやダミーミサイルを引っ張って装甲車が夜の国道を走る。
これが暖かい昼間なら笑顔で景色を眺めながら楽しめるのになぁ。


 そのうちに自衛隊車両のツーリングは高速道路に入った。  さっきよりも風雨が強くなって寒さも倍増。  しかしバラキューダの温もりのおかげで顔以外は小春日和なんだなぁ♪  高速道路に上がったからには、かなり遠くまでの移動だと判断できたので眠る事ができた。


 どれくらい眠ったのだろう?  装甲車が地雷を踏んだみたいに跳ね上がったので驚いて目が覚めました。  目が覚めて直ぐに「本多! 降りろ!」と班長に言われました。
 
 がっ!!  身動きができない!!

 バラキューダの網に半長靴のフックやら体中の金具が全部引っかかってバラキューダから抜け出せない。  上着の袖のボタンにも絡み付いている。
「なにしとんねん! ちゃっちゃと降りろ!」 班長が声を殺して怒鳴る。
「すみません。 身動きできません。」 マジでヤバイ状態な事は自分が一番よく知っている。

 小さな懐中電灯をチラつかせて僕を発見した班長の顔は今でも覚えています。

 中隊の状況は雨で悪路と化した演習場に入る為に装甲車にタイヤチェーンを巻く指示が出されていました。  「死んどけ!ボケ!」  班長は一言残してドライバーと2人で真っ暗闇の泥だらけの道でタイヤチェーンを巻き始めました。
 僕はグルグル巻きのバラキューダから抜け出そうと必死でした。  止まっているとただ濡れるだけ。


 なんとかバラキューダから抜け出した時は装甲車の前輪2つにタイヤチェーンが装着されていました。
「アホか!本多ぁーっ!」とキツく叱られた。  「後のタイヤチェーン巻くの手伝え!」と言われて名誉挽回に努めようとしました。
だけど僕…  タイヤチェーンなんて巻いた事がない。  タイヤチェーンなんて見るの初めてだよ!  「手伝え!」って言われたって何をどうすればイイのかさっぱり分からない。

 「何をどう手伝ったらイイですか?」と尋ねてみたら…  「もうイイわっ! バラキューダに絡まってろっ!」  なんでやねん!!
by606