51 新兵の一日 其の壱 |
いつも以上に起床ラッパが煩く感じた。 それもそのはず… 新隊員居室は太陽が出る側に窓があるので、同じ時間でも明るさが違う。 309中隊の居室は太陽が沈む側に窓があり、太陽が出る方向には廊下と陸曹部屋がある。 良い言い方をすれば夏涼しい。 悪い言い方をすれば日当たりが悪くて冬は寒いのです。 だからまだ起床時間ではないと思い、初動が鈍った。 慣れた2段ベットから飛び降りて戦闘服に着替えよう! 半長靴を急いで履かなきゃ! と一人でドタバタしてる姿を見た居室の全員が、「ジャージのままでいいぞ。」 「スリッパのままでいいぞ。」と… 一人七転八転してる姿を余所目に皆先に行ってしまう。 朝の点呼整列に新兵の僕が一番遅く部屋から出る始末! だって半長靴を履いたり脱いだり… そりゃ寝て起きてジャージ穿いて帽子被って出た隊員の早さには敵わないよ! 朝の点呼整列は市川士長が「3班6名異常なし!」と当直陸曹・当直幹部に報告するだけの簡単なものでした。 朝礼時の服装点検・腕立て伏せ・駆け足は教育隊と一緒におさらばです。 それだけで朝の時間が有効かつ有意義に使える。 部屋に戻って驚いたのが、全員ベットに横になってのんびりしている事。 ベットの横にはMyテレビがある隊員も居ます。 ソファーに座って皆(居室共同)のテレビを見て寛いでる隊員も居ます。 僕は昨夜言われた通り、直ぐに煙缶を並べたり配ったりしてから給湯室に行って熱湯を貰ってきました。 暑いので大変です。 皆にモーニングコーヒーか紅茶を作らなければなりません。 急いで作って階級の上の人から配りました。 味に関しては誰も文句を言わないのが嬉しかったです。 たまたま給湯室に行ったら洗濯機が空いてたので洗濯機を回しながら3班長のパンをゲットしに食堂に向かいました。 朝飯のラッパが鳴る前に並んでいないとパンはゲットできないと聞いていたので、かなり早く向かったのに…既に大勢並んでいました。 並んでる奴らは警衛隊以外ほとんどが見慣れた同期生。 皆『パシリ』から始まってる事に少し笑えました。 飯ラッパと同時に食堂の扉が開き… 凄い勢いで流れ込みます。 まるで新装開店大安売りか… 年に一度の大安売りに並んだ主婦の如く。 パンは僅かしかありません。 ピラニアの如くパン箱に手が入ります。 班長のパンを奪取できなくては帰れないから、どいつもこいつも凄い勢い。 少し変形したけどパンと牛乳を確保して一旦班長の居る陸曹部屋に持って行きました。 班長は寝ていたので枕元に置いて、今度は自分の朝飯を食べに食堂に行きました。 つまり… 班長は食堂に行かずに、寝ながらテレビを見て朝飯を食べるというお姫様状態。 教育隊時代に僕らが大汗かいてる時…中隊の人達はこんな生活をしていたなんて想像もつきませんでした。 朝飯は一人でのんびり行きます。 同期生とテーブルを一緒にして教育隊の頃みたいに仲良く食べました。 朝飯から帰ったら掃除が始まります。 居室の掃除。 居室前の廊下の掃除。 順番でトイレや学習室の掃除が回ってきます。 ゴミ捨ての順番も回ってきます。 ゴミ捨ては芝谷一士とリアカーを引っ張って、遠く離れた焼却場まで中隊で出たゴミを捨てに行きます。 ゴミは可燃物・不燃物・空き缶・瓶・危険物に区別して置いてきますが… 悔しい事にメチャメチャな分別です。 と言うよりも分別なんてしていません。 何個もあるゴミ袋から空き缶を出したり探したりしながらのゴミ出しです。 触りたくないゴミも手で掴んで空き缶などを除去しなければなりません。 これが思いの他時間がかかり… 再びリアカーを二人で引っ張って中隊に戻ったわけですが、戻る途中で芝谷一士が一言。 「明日からお前一人で行けよ。」と言われました。 二人でも大変だったのに、一人だったらもっと大変やん! 急いで居室に戻り洗面&トイレを済ませて洗濯物を干しに4階屋上まで走ります。 なんだかんだ走り回って戦闘服に着替えて半長靴を履いて朝礼に備えます。 そんな時に芝谷一士が「コーヒーカップ洗っておけよ。」 「煙缶片付けておけよ。」 と次々と指示。 そして直ぐに朝礼集合準備の号令がかかりました。 朝礼集合準備は朝礼集合の号令がかかる約5分前を意味します。 それなのに最後の1本感覚でタバコに火をつける隊員達。 吸殻を捨てる所は遠いんだよ! 朝礼集合! やっと煙缶が片付けられます。 朝礼場所に向かう中隊の人達を後から追い抜き… 吸殻を捨てて再び居室に向かう時は、中隊の人達に「おはようございます!」「おはようございます!」を連発しながら小走り。 大汗かいて朝礼に並びました。 朝礼は各班ごとに整列します。 階級の低い者が前です。 309中隊に配属されて初の朝礼。 想像通り新隊員の紹介がありました。 他の中隊では既に聞き覚えのある声で自己紹介が聞こえてきてます。 あいうえお順で江藤から自己紹介をやらされました。 江藤は青野ヶ原駐屯地のすぐ近所に家がある事から…何を言ってもウケています。 結構上手な自己紹介で好感度は凄かった。 聞いてる僕ですら関心してしまう自衛官だった。 対する僕は自己紹介が大嫌い。 本名と出身地と生年月日… 趣味は適当妥当なところで映画鑑賞とだけ言って、「宜しくお願いします」と挨拶しましたが… 江藤が受けた盛大な拍手とは違った、まばらな拍手でした。 朝礼が終わって僕と江藤は幹部室に呼ばれて面接という事後の指示を受けました。 居室に戻ったら芝谷一士が「おい!お湯が無いぞ!ポットに入れて来い!」と怒り心頭。 なにもお湯がないくらいで怒らなくたって…とブチブチ言いながら給湯室まで小走り。 ポットを置いて急いで幹部室に行ったら既に江藤がソファーに座っていました。 「本多! 相変わらず上官の指示に従わないね! いい加減真面目にやれよ!」と江藤がマジ顔で言った。 僕は何の事か全く分からず幹部に言われるままソファーに座りました。 いろいろ面接を受けて幹部室を後にしたのですが… 幹部連中は江藤に好感度を持つ一方で、僕には捨て駒的感覚。 なんだかイキナリ劣等感を背負わされる事になった感じ。 その直後、スッゲー怖い顔をした幹部が僕を引き止めて一言… 「本多… お前はそんなに自衛隊が嫌か? 309中隊が嫌いだったのか? 直ぐに辞めるつもりって本当なのか?」と更にスッゲー怖い顔で聞かれた。 3つの『?』に覚えがない質問。 全部否定した。 江藤が幹部連中にコッソリ嘘をついていた事が判明。 教育隊でも一人で目立つ行動や教育隊長以下から好かれるようなクドイ行動をとっていた江藤。 僕は初日から309中隊の幹部から嫌われてしまった。 しかしそれは序曲に過ぎず… わずか数日で309中隊の全隊員から嫌われる事になる。 全ては江藤の仕組んだ罠だった。 by606 |