32 後期の教育訓練 其の弐
 「回れーっ進めーっ!!」 

 訓練場に到着するまではもちろん駆け足です。  号令をかけながら…大声で叫びながら新兵さんは前進します。  行ったと思ったら戻って来るのが『回れ進め』の号令。
 梅雨の時期真っ只中でこの号令は疲労と殺意が芽生える。  発射機の前に到着するまでに大汗!  疲労度D!


 小隊長や教育隊長は自転車でフラフラ発射機の前まで来ます。  木陰で座って僕らが到着するのを待ってる状態。  実に優雅な人達です。


 「よし! 本多のチームから整地を始めろ!」
マニュアル通りの学芸会の練習が始まった。  午前中よりも頑張ろう!  整地ができるまで頑張ろう! と心の中で叫び続けていた僕は、いつの間にか緊張という文字が頭の中を占拠していました。

 午前中にストップをかけられたところまでは綺麗にできたと思う。  今度はストップがかけられない。  「次はどうするんだっけ?????」  さっきまで流れていた汗とは違う汗が毛穴から噴出した。  「いかん! 皆が見てる!」  焦りは隠し切れず右側と左側の隊員に目で助けを求めたけど無視。  目も合わせてくれなかった。  そりゃそうだ!  指示を出すのは僕なんだから…。


 長い空白の時間が過ぎて班長から馬鹿にされたように「発射機の周囲点検やろうがぁボケ!」と言われて指示を出すが…テンション上がらず。  そのうちに基本教練もおろそかになり、声も小さくなり…スッゲー重い空気だけが発射機の周りに澱んだ。


 僕は指示をするだけが仕事ではない。  二人に指示を出しながら手伝ったり、別の作業がある。  二人に与えた作業が済んでも自分の作業が終わらなければ先には進めない。  それは逆の場合も同じで、自分の作業が済んでも二人の作業が終わらなければ先には進めなかったのだ。
 無駄に時間だけが進む。
 待ってる間に他の作業はできない。
 『休め』の姿勢で待つ。
 心の中では「さっさとヤレよ!」という叫びと、「待ってくれ!」という叫びが交代交代。  


 マニュアルなんてどこにも無い。  途中からはアドリブがほとんど!
設計図を見ないでプラモデルを作り上げてる状態。  あーしてこーして…  あそこもこーして…  ついでにココもあーしちゃえ!  という感じと閃きで発射機の整地が完成。

 牽引姿勢だった発射機からミサイルを発射できる姿勢に変わった様子は、サナギから成虫した蝶のようでした。
しかし感動も感激もない。
当たり前だ!  牽引姿勢の発射機を整地するまでに与えられた時間は12分。  アドリブ混じえながらで整地が完了した所要時間は1時間以上。  普通なら5台の発射機を整地できる時間だ。


 僕は「まぁ最初はこんなもんでしょう♪」という気持ちで班長に対して敬礼をして「発射機整地完了!」と報告しました。  班長の目は帽子のツバから目が見えない状態で…  「俺が何にも言わなかったら適当に発射機を整地するんかぁ?」  「お前ら何度も発射機の下敷きになって死んどるぞ!」  「何度も感電死しとるぞ!」  

 実際… 発電機からの電力供給はされておらず、電力を必要とする部分は空動作。  太い電気ケーブルを発射機に接続する時は一番危険なのに、時間短縮の事ばかりが頭にあって安全事項は全く頭になかった。  考えてみたら1つ間違えていれば発射機は倒れていた。

 一つ間違えれば『ケガ』ではなく即『死』に繋がる訓練だという事をその時知りました。  僕らが整地した発射機で今ミサイルを発射したら間違いなく発射機は壊れる状態だったらしい。  ミサイルは頭が良いから一旦発射してしまえば目標を狙い続けるらしいけど、発射機は壊れてしまえば鉄くず。  残り2発のミサイルは続けて撃つ事ができなくる。  任務を遂行できない事になる。


 他のチームから見たら僕らはモルモットだった。  僕ら3人は意気消沈。  僕はリーダーとして2人の分まで落ち込んだ。


 だからと言って他のチームが上手くできたワケでもなかった。  むしろ僕らよりもダメ。  班長から途中でストップをかけられたり、小隊長から「いい加減にしろ!」と怒鳴られる場面もあったほど。
 僕はそういう場面が個人的に癒された。  他の仲間の失敗や間違いが嬉しかった。  「僕らよりダメじゃん!」と…心の中で喜んでいました。


 そんな時に他のチームのリーダーが次の指示が分からなくなって長時間固まってる。  僕はリーダーの流れを覚えたかったので、彼の真後ろで見ていました。  僕には次の作業が分かっていた。  教えたら損!  僕みたいに怒られればいい!  
 左側・右側の隊員はずっと『気をつけ』の姿勢で待ってます。  しかし目はリーダーを睨んでた。  重い空気が続いた。  班長は何も言わずに見てる。  小隊長や教育隊長は蒸し暑かったのでエアコンの効いた事務所に自転車に乗って既に帰ってる。  このまま放っておけば1時間でも2時間でもこのままだと思った。 
 僕はこのまま午後の仕事が終われば楽だと思った。  この3人を除いて誰もがそう思ったに違いない。

 「スリーブ固定」  僕は誰にも分からないように腹話術みたいに小さな声で囁いた。

 リーダーは大きな声で「スリーブ固定!」と叫び、2人は「スリーブ固定!」と復唱して発射機の支えとなる油圧シリンダーをグルグル回して固定し始めた。
 突然動き出した時間。  自分でもどうして教えたのか分からない。  教えた瞬間は顔が熱くなった記憶がある。  損をした気分だったけど少しばかり天狗になれた感じだった。


 その隊員からは仕事が終わってから「あの時はありがとう!」と言われた。  ちょっぴり偉くなった気分♪
なんとなく爽やかな気持ちで風呂上がりのアイスを食べてる時に班長室に呼び出された。


 「スクワット100回やれ!」
(^0^)はぁ?  命令通りに1つずつ数えながらスクワットを始めた。  正直、腕立て伏せ100回よりも倍くらい嫌いなスクワット。  スクワット100回やるぐらいなら腕立て伏せ200回の方が楽。

 「本多… あの時どうして教えた?  良い事したとでも思ってるいるのか?  それなら200回でも300回でもスクワットやらせるぞ!」と…  僕は意味不明でした。  

 50回過ぎた頃から苦しい。  スクワットは苦手だ。

 100回終わった時は産まれたばかりの子馬状態。  せっかく風呂から出てサッパリ爽快だったのに大汗。  
 「お前が教えた事は、あの時は良かったのかも知れないけど… これからの為にはならんのやぞ!」と言われた。  僕は思考回路も壊れるほど足がキツかったので「どうして一回手本を見せただけで後は見てるだけなんですか?」と反発してしまった。  腹にあった事をストレートに言ってしまった。

 スクワット50回プラス。

 ヘトヘトフラフラで立つ事も座る事もできずに床にうつ伏せ。  「中隊に配属されて恥をかくのはお前らであり、俺でもあるんや」 「誰も助けてもらえない一番の下っ端だから苦労して覚えないかんのや!」と言われた事を耳だけで聞いた。
それが後期教育。
前期教育は皆で協力しあって苦労を分かち合ってやってきたのに…  前期教育の班長の精神とは全く違った後期教育の班長の精神。  悔しさだけが募り、反発の精神が生まれた夜だった。
by606