155 退職前日

 退職する3月は代休消化やら有給休暇消化を理由に一ヶ月間ほとんど駐屯地に居なかった僕でした。

 10日ぐらいバイクで遊んで、10日ぐらい家に帰って仕事を手伝いながら自分の部屋を作り上げていました。  母屋と工場しかなかった自宅敷地。  母屋の2階に部屋は2つしかなく、1つの部屋を僕が使って、もう1つの部屋を妹二人が一緒に使っていました。  僕が自衛隊に行ってからは妹が一部屋ずつ使っていたので、自分の部屋から妹を押し出して自分の部屋を現状復帰させてましたよ。


 退職前の一ヶ月間は何をやっていたのかよく覚えていない。
 家に帰っても友達は高校から一緒に自衛隊に行った同級生だけだし…  もちろん同級生は働いてるから夜しか遊べないから昼間はつまらん空白の時間。  バイクを眺めているか、バイクに乗ってるかのどちらかみたいな…  知らない人が見たら無職に思われていたに違いない。


 そんな時、車屋さんからまさかの電話が!
「すみません… MR−2の納車が一週間ほど遅れそうです。」  3月25日の退職日に間に合わないじゃん(>。<)@

 皆に「MR−2を買ったので退職の時に乗って出て行くぞ!」と自慢している(>。<)@
ヤバイ!  大嘘つきを背負って笑われながら駐屯地を去る事になる!  こんな事ならウケない漫才を披露して退職したほうがマシだ。

 なんとか間に合わせてほしいと頼み込んだが、生産が追いつかないらしく…  万事休す。
 それでも華やかな退職シーンを夢見ていた僕は諦めがつかずに、何度も「やっぱり無理ですか?」と車屋さんに電話した。  「仮ナンバーだったら出せるかも知れません。」という電話が3日前にかかってきたけど…  車屋さんにも責任があるし、その車屋さんは家業のお客さんなのでコレ以上無理は言えずに100%諦めました。

 
 結局、妹の車(カローラ)で駐屯地に戻りました。

 「あれ? 新型MR−2じゃないやんけ!」  「嘘かよ!?」  「楽しみにしとったのに!」  自慢した一人一人に「納車が間に合わなかったんだわ。 ごめん。」と言いながら頭を下げた。
 なんで退職するのに小さくならないかんのや!  4年間の(つまらん)集大成は妹のカローラで幕を閉じるハメになった。


 今まで見てきた退職者は、誰もがのんびりと余生を過ごすかのように生活していたけど…  僕は退職直前までドタバタして一人七転八転していたなぁ。  


 退職前夜は自衛隊に残る同期生&去る同期生で宴会をした。  それまでに中隊やら僕が教えた教育隊の奴らなどなど宴会続きで…  酒があまり好きじゃなかった僕は毎回酷い二日酔いに悩まされていたよ。
 同期生との宴会が一番面白かったし、一番落ち着けた。  ただ落ちこぼれ集団は何歳になっても落ちこぼれ集団でして…  酒が入ればおもいっきり壊れてお店側に迷惑をかけてしまう。  だから自衛隊(自衛官)で成り立ってる店でしか宴会はしませんでしたね。  一次会で五次会までいくような飲み方。  みんな若かった!

 同期生との最後の宴会…  なんだかんだ言っても1つのチームだったから、ある程度盛り上がった後は皆泣いていた。  自衛隊を去る者。  自衛隊に残って去る者を見送る者。  どちら側も淋しかったんだ。


 自衛隊最後の夜は静かでした。

 今までいろんな事があった。  楽しい思い出はいっぱいあったけど…  楽しい思い出はその時におもいっきり笑って楽しんだので、今はそれほど笑えない。

 ツライ思い出や苦しかった思いでは、楽しかった思い出と同じくらいある。  たぶんもっと多いはず。
 そんな思い出を一つ一つ思い出して、非常階段の下で一人クスクス笑って過ごした。  楽しかった思い出や面白かった思い出よりも、辛く苦しんだ思い出のほうが、リアルに心に残っていた。  思い出とはそういうものだ。


 明日は退職する日。
 此処に未練も後悔も無い。  明日からの不安は多いけど…  気持ちは新鮮だった。  つか…  いろんな夢が見れた。  やっと自由になれる気持ち。  それは刑務所から出所する受刑者と同じ気分なのだろう。  だって酒が入っているのに目が冴えるばかり。


 深夜に明日退職する同期生と非常階段の踊り場で偶然会った。  この同期生は他中隊だったけど、豊川駐屯地から一緒に来た奴。  彼も眠れないらしい。  二人で小寒いPXの前の自販機で珈琲を飲みながら語り合った。  
 「4年間… 振り返ってみると、あっと言う間だったな。」とポツリ。
 「意外に自衛隊って面白かった。 頭にくる事もいっぱいあったけどな。」
 「普通じゃできないイイ経験ができた。」
思う事は同じだった。


 黙っている時間も多かったけど、お互い明日からの事をいろいろ話し合ったのを覚えています。  彼も希望と不安の間に居るのが分かった。  誰もが同じ気持ち。  笑えた。


 いつの間にか午前0時を過ぎて日付が変わっていました。  「そろそろ寝ないと明日運転して帰るのが辛くなるから、寝ようぜ!」と、どちらが言ったのか忘れたけど…  寝なれた簡易ベッドで最後の消灯。
by606