151 申し送りと世代交代

 退職前の半年間は、居室の中では階級が一番上でした。  
 新兵で来た時は、当たり前の事だけど自分より階級が下の隊員は居ません。  これはこれで同じ居室の隊員からコキ使われるだけで気楽だったけど…  この半年は自分よりも階級が上の陸士が誰も居ない気楽な空間と化していた。
 

 時代は変わる。

 新兵で来た時は、居室で一番上の隊員には自分から話かける事は怖くてできなかった。  もっとも2等陸士が陸士長に話かける事すら躊躇ったほど。  しかしほんの2〜3年で縦社会・上下関係というものは確実に緩んでいる事が分かる。  退職して20数年。  きっと今はもっと緩んでいるだろう。  『だろう。』ではなく、確実に…。 


 僕も新兵だった頃は気楽に過ごせる居室っていうのが夢だった。  だから課業外は先輩・後輩という立場を理解しつつ楽しい空間だったら良いなぁ〜って思っていました。  そうなると自然に狎れあいというモノも生まれる。  僕も先輩陸士長と狎れあい親しんだ事もあったけど、上下関係だけは忘れずに付き合った。  そのせいか同じ居室の隊員からはキチンと上下関係を持って親しんでもらえてはいました。  しかし退職が近くなると居室のナンバー2(僕より半年下の隊員)が勢力を現してきますね。  面白いものです。  そうなると僕の立場は自然と消えていく。


 まぁ数ヵ月後には、この居室から本当に消えて無くなるのだから気にはしなかったけど…  なんかこう手持ち無沙汰というか、存在感というか、役立たずみたいな人間にどんどんなっていく気がした。  これが退職なのだ!  引退という事なのだとつくづく思い知らされましたね。  そうじゃなければイケナイのもよく分かったし、わざわざ細かい申し送りをナンバー2にしなくても僕以上に居室をまとめてくれるという安心感も同時に受けました。


 他の駐屯地の同期生からは「最近の新兵はすれ違っても敬礼すらしないぞ!」とか、「もう上下関係なんて無いよ! 下の隊員が上の隊員を『○○ちゃん!』て呼ぶようになってるし。」などと電話で愚痴をよく聞きました。  こんな事で怒るようになってる僕達って、いつの間にか自衛隊に染まっちゃってるね!などと笑って話したものです。


 僕が辞める間際に大きく変わった事が2つ。
 1つは8人ぐらいが1つの居室に入れられて生活していたのが、個室化される事になった。  自分のベッドの周りと畳1畳分ぐらいの空間に壁を作る簡単な個室だけど、確実に自分のプライバシーが守られるようになる。  これは羨ましかったけど、なんとなく淋しい気もしましたね。  タコ部屋から個室へ…  どうなのかね?

 自衛隊を辞めて暫くは、高校を卒業して地元を離れて生活をしていたので友達が誰も居なかった。  今までは四六時中友達だらけみたいな生活で、常に誰かと喋ったりして過ごしていたのに…  家に戻ってからは家族しか話し相手が居なくて、もの凄く淋しい毎日だったのを覚えている。  あれほど嫌だったタコ部屋も、「あの頃は良かったなぁ。」と思うようになっていたのが本音。


 2つ目は僕と入れ替わりというタイミングで若い婦人自衛官が2名中隊に配属される事になった。  今まで駐屯地には糧食班の栄養士さんと、PX(売店)と共済組合(銀行)のお姉さんと保険の外交員さんぐらいしか女性は存在しなかったのに、婦人自衛官が同じ中隊に配属されるという事はスッゲー衝撃的でしたね。  これも羨ましかったけど、女性が中隊に居たら気を使うだろうなぁ〜。  男ばっかのほうが気楽だったかもね♪  知らんけど。


 小さく変わった事は山のようにありました。


 世代交代…  時代の変化と、いろんな環境の変化で邪魔なモノや嫌われ者や古いモノは削除され、新しいモノが前に出る世の中。  自衛官も同じか?  人間だからか?  自分自身が自分の中で起こる世代交代だけはしない!と…  それも無理なのだろうかなぁ。
by606