149 報復

 もし陸曹候補生に進んでいたら…  あの意見具申は有効だったのだろうか?  それが中隊の報復?  単なる永田2尉の横取り?


 陸曹候補生を蹴ってから、中隊からはいろんな角度で報復を受けた。  「またか。」  「なんで?」  「いい加減にしてくれよ。」  中隊の『トップ』を怒らせたり嫌われたりすれば、僕のダメ隊員という存在価値は新兵にまで伝え知れ渡る事が分かった。  その最大にして最強の報復だったのが2度目の『糧食班勤務』でした。


 前にも書いたけど、僕は約2年前(1等陸士に昇級した頃)に糧食班勤務を経験しました。  飯炊きに専念した数ヶ月間。  これは誰もが一度は経験させられる事。  人生の素敵な丁稚奉公だと僕は喜んで勤務したよ。

 だけど糧食班に2回行かされる隊員は中隊で使い物にならない隊員。  そんな隊員を何人も見てきたし、同じ中隊でも存在していた。  中には栄養士や調理師免許を得るために2回勤務する真面目な隊員もいたし、中隊の仕事が苦手で糧食班勤務を愛してる隊員もいたけど…  ほとんど誰も喜んで2回も行きたがらないのが糧食班。


 『本多士長、向こう数ヶ月間の糧食班勤務を命ずる!』  中隊長から直々に目を見て言われた。  僕は開き直って冷めた目で中隊長の目を見て敬礼。


 「よー! 本多〜また来たんかぁ!」と以前世話になった2班の班長に笑われた。  以前は階級が上の隊員ばかりの中で勤務していたので気楽だったけど、今度は180度違って自分より階級が下の隊員ばかりの中に入る。  しかも全然知らない隊員ばかり。  階級が下で知らない隊員の下で勤務する状況。  

 1等陸士に「本多士長! これ洗っといてください。」  「本多士長! あれ切ってください。」などと言われながら過ごす日々。
 まだ不良少年が抜けきれずに下克上精神旺盛な奴には「本多さ〜ん、さっさとやってくださいよ〜♪」と笑いながらタメ口を聞かれる始末。  誰もが陸士長で任期満了間際にココに配属される隊員を見下げ果てているのが分かった。  以前は僕もそうだったのかも知れない。  ナメられて黙って過ごせるほど人間ができていなかったのでタメ口に返事をする前に殴り倒して厨房に活気をつけていました。  その後事務所で班長にボコボコにされるのがオチ。  人間が荒む一方だった。


 この『クズ扱い』で、人間の落日というものを知った。

 一日の糧食班勤務を終えて中隊に戻れば、「おぅ!本多ぁ!今日の飯は不味かったなぁ! 明日はちゃんと作れよ!」と…  次第に慣れ親しんだ中隊の中でも『クズ扱い』をされるようになった。
 自分が輪の中から弾かれていくのが本当によく分かったなぁ。  それなら自分から抜け出してやる♪  反逆の精神だけは誰にも負けなかったつもり。(勝ち負けがあるのかどうかは知らないが)


 そんな頃に通ったのが駐屯地から少し離れた所にひっそり在った自動車教習所。  せっかく3日に1日非番なら、その非番の日に中型二輪の免許を(中隊に内緒で)取りに行く事にしました。  中隊に許可申請を出したところで今の僕にOKが出るわけないもんね!  

 教習所までは自分の50ccで通ったよ。  50ccに乗るだけでも楽しかったもん♪  田舎の小さな自動車教習所。  凄く楽しかったなぁ。  僕以外誰も教習を受けに来てないから予約も簡単、二日おきに予約。  
 教官と仲良くなれたし…  優しかった。  心安らぐ時と空間だった。  いつかの松山とは全く違ったし…

 学科教習は無かったので実技試験だけで中型二輪の免許を取得。  速攻で250ccを買って駐輪場に勝手に置いてやった。  怒りたきゃ怒ればいいじゃん!  どーせ後数ヵ月後には辞めるのだから♪


 糧食班勤務は下の隊員の言いなりになって、黙って働くしかありませんでした。  ここでは階級の上下は関係なく、先に糧食班に居た隊員が先輩です。  いつの間にかプライドを持つようになっていただけに悔しかったけど、逃げたら中隊長以下幹部の思う壺。  中隊で幹部とすれ違う時は腹の中で中指立てて、満面の笑顔で敬礼してやりました。  

 報復には報復ではなく、報復には笑顔で対応するほうが勝ち!  …なのかな?


 ストレスの溜まる糧食班勤務から、さらにストレスの溜まる中隊生活に復帰した時、その日の朝礼から訓練幹部に自衛隊体操の指揮を命じられた。
 「陸曹候補生に合格したぐらいだから自衛隊体操ぐらい逆方向で皆の前で指揮できるよな?」
 厭味50%、脅し50%な一言。
 陸曹候補生の勉強をしていた頃は、自衛隊体操を号令混じりでは完璧に覚えていたけど何ヶ月もやっていない。
 しかも逆方向(対面して指揮するので通常の反転方向に動く)なんて一度も経験ない。
 せめて前の日に予告してくれていたら練習ぐらいできたのに…  完璧な嫌がらせだった。


 朝礼時の自衛隊体操の時は全隊員戦闘服の上着を脱ぎます。  この時に戦闘服の下が真っ白なTシャツじゃないと上半身裸にならないといけません。  僕は前に出て、ちょっと小高い芝生の上に上がった時に、自分が赤いTシャツを着ている事に気がつきました。  「今朝はちょっと寒いので上着を着たまま行います!」  と言う前から数人が上着を脱いでいたので空振り。  逆に「なに勝手な事言っとるんだ!」と叱られる始末。

 戦闘服の上着と一緒に派手なTシャツも脱いで、騒ぎを笑いだけに止めて小高い芝生の上で上半身裸。  馬鹿丸出しです。


 「自衛隊体操はじめまっす!」と中隊長に敬礼して、歯を食いしばって思い出しながらデカイ声で号令をかけ…頭の中で通常の動きを裏返しながら実施。  4〜5人と同時に会話するより難しい事でしたわ。
 
 ちょっとテンポが速かったみたいですが、やってみれば意外にできるものだと…  最後の深呼吸が終わる頃になって手が震え始めた。  終わった頃に緊張したのか、疲れたのか分からない感じ。  完璧に出来たみたいで、自分の中隊からも他の中隊から拍手をもらった。
 「なんでも身につけておくべきだなぁ。」と、つくづく思ったよ。  頭だけで覚えた自衛隊法は殆ど忘れたけど、体で覚えた事はなかなか忘れないものだね。


 栄枯盛衰  んにえた自衛隊生活は終わり、気力がえてれようとしている自分。  このまま枯れるわけにはいかない!  今此処を堪えれば明日があるんだもん。
by606