148 幹部 |
居室で嫌われても専任士長に殴られるだけ。 既に居室の中では僕が専任士長だったのでその心配はない。 営内で嫌われても特別問題はなく… 陸曹からのある程度の嫌がらせや無視ぐらいに止まる。 だが幹部に嫌われたら肉体的にも精神的にも追い込まれるのが自衛隊。 もっぱら一般社会でも同じなのかも知れないが… 僕が喰らった最初の報復が劣等隊員的扱いだった。 別に今更劣等隊員的な扱いを受けたって、中学も高校も劣等生だったから慣れてはいたけど、やはり社会に出てからの扱いは精神的に堪えた。 陸曹候補生の勉強は、僕に自衛隊法という自衛隊の中だけの法律を身に付けさせた。 いろんな暗号を覚えるよりも意外に面白かったので、ついつい覚えてしまい… ろくに仕事もせずに偉そうにしている幹部に対して自衛隊法で立ち向かった事は何度かありました。 例えば… 冬の寒い時期に吹きさらしの訓練場で全く使わずに野原に放置されて錆びて腐りかけたパレット(ミサイルを積んで運ぶ装置)や普段稼動している発射機やレーダーの錆を落として錆止めを塗って塗装する仕事を延々とだらだらやらせれます。 『仕事』と言えばそれまで。 普段稼動している発射機やレーダーの塗装に関しては、やって当たり前かも知れません。 だけど一年中、それどころか新品で配置されても全く使わずに放置されたパレットなどは、せめてカバーでもかけておけば錆も少なくて済むし、有事の際は直ぐに使えるはず。 この事を冬は暖かい事務所でお茶を飲んで過ごし、寒さに震えて鼻水を垂れ流しながら雪が積もる訓練場で錆を落としてる僕たちを時々自転車で巡回に来る幹部の永田2尉に「カバーを作って、普段使わないパレットに被せておいたらどうですか?」と伝えた。 これを自衛隊法では『意見具申』といい、上官に対する意見を述べれる正当な方法です。 知らない陸士や陸曹は今でも多いのでは? その日の終礼の時に永田2尉が前に出てこう言った。 「今日、課業中に本多士長から『パレットの錆を落としてまた塗装をする意味があるのか?』と… 『そんな無意味な事をするなら廃棄したらどうですか?』と言われた。」と… はぁ? そんな事言ってないぞ! 更に中隊長・副隊長それどころから他の中隊が整列してる所で声を大にして「普段使わないパレットも国民からの税金で作られている。 普段使わないからと言って捨てられる物じゃない! だからキチンと手入れをして有事の際に即使えるように今は準備をしてる。 だから本多みたいに寒いとか面倒だとか言わないで作業をするよーに!」 おいおいお前は江藤か? この時の悔しい思いは、今でも時々夢に出てくる。 そして全ての機材の塗装が終わった時に、野原で放置されているパレット専用のカバーが全中隊に配られた。 その数40ぐらい。 それなりに僕の意見が届いたと思って嬉しかった。 しかしその数日後の駐屯地朝礼(駐屯地の隊員が一斉に行う朝礼)で永田2尉はパレット専用カバーを発案した事を称えられて駐屯地司令から表彰状を貰った。 まさか!と思って怒りが全身に走ったけど… 「それは僕の発案です!」と叫んだところで気違い扱いされるだけ。 同じ中隊なのに信じられなかった。 意見具申とは幹部が下の隊員の意見を都合のいいところだけ自分のモノにする事だと自衛隊法は改正するべきではなかろうか? 偉い人はズルイねっ! どの世界でも『幹部』と称される肩書きを持った人間を好きになれないようになったのは、この時からだな。 by606 |