145 陸曹候補生への道 其の五 |
「君はなぜ陸曹になりたいのかね?」 この質問の答えは、「立派な自衛官になって、更にこれからも国防の任務に就きたいからです!」が正解だったのだろうか? 誰かに認めてもらえるように必死で頑張る公務員の姿を見せるのが、この面接では大事だったのかも知れない。 誰かに認めてもらえるように生きるのが大っ嫌いだった僕には思いもつかない言葉だったし… マニュアルとして教えられていても口にはできない言葉だった。 面接会場から出る時に「くそったれ!」と言い放って、背中で扉を閉めてやりたかったけど… とりあえず穏便に一礼して出ました。 そのまま居室に帰って、束縛され続けて肩が凝る制服から、自由な羽を得た気分になるジャージに着替えてテレビを観て寛ぐ21歳。 その日の課業が終わる間際に『陸曹候補生合格』の、でたらめでめでたい知らせが届いた。 あんな面接で合格できるものなの? 確かに学科や実技は頑張ったけど… 僕はこのまま自衛隊に永久就職するのだろうか? 中隊長以下幹部の方々や、事務所の陸曹達から「おめでとう! これからも頑張れよ!」と笑顔と拍手でお祝いの言葉を貰った。 終礼の時には前に出されて中隊長から正式に合格を伝えられて中隊全員から拍手を頂きました♪ 皆いい人ばかりだ。 自衛隊っていいよなぁ♪ 夜は滅多に行かない駐屯地内にある居酒屋で仲の良い隊員数名と飲んで盛り上がった。 100%陸曹を目指していたのなら、全裸になって飲みたいぐらいだったはず。 だけど全然そんな気分じゃない。 心のどこかに「このままでいいのかな?」という気持ちがあったのが原因。 慰められながらガンガン飲んでる陸曹候補生の試験に落ちた隊員も居たから、どちらにせよ馬鹿騒ぎはできなかったけどね。 このまま陸曹候補生になって、教育期間を経て… 陸曹になり… 30歳くらいまでは独身生活を楽しんで… ある程度の時期で結婚して… 駐屯地の近くにある国営の官舎に住んで… 今度は幹部候補生を目指し… 運よく幹部になれそうな頃に定年退職、そして何か間違えを起こさない限り薔薇色の老後へと一生を約束された国家公務員で終わるのだろうか? なんて素敵な人生なのだろう! でもこれが僕にとって素敵な人生なのだろうか? 家の仕事はどうする? 毎日忙しく働き続けている両親祖父母を助けなくていいのだろうか? 自営業の長男として生まれてはきたけど、別に自分の人生だから、自分がどう生きようと自分の勝手。 どちらの仕事も不安は多い。 でもどちらかの仕事しか今の僕にも、これからの僕にも無いはず。 自衛隊か? 自営業か? 妙に良く似た単語。 考えてみたらどちらも大変な仕事だよなぁ。 楽な仕事なんてないだろうけど… 基礎がある自衛隊、なんとなく今はやって行けそうな自衛隊のほうが魅力はあった。 悩み続けていたある日、中隊長から「本多候補生! 今度ご両親と一度お話がしたいから、休みの日に駐屯地に呼んであげなさい。」 「姫路市内で一泊してもらって姫路市を観光してもらうのもいいかもな!」 「交通費・宿泊費は中隊から出すから…。」 2〜3日前までは階級すら付けられず「本多!」としか呼ばれなかった僕も… 出世したもんだ(^-^) というワケで土曜日の午後に両親を姫路に呼びました。 両親二人で来るものだとばかり思っていたのに祖父母も来た。 そのまま姫路市内のなかなか良いホテルに3人から5人に変更してチェックイン。 晩飯までの数時間をタクシーで観光。 夜は綺麗な満月がバックに映える姫路城を歩いて見に行きました。 考えてみたら両親と一緒に歩くのはガキの頃以来。 別に話す事もなかったけど… スッゲー大事な話は1つだけあったんだよね。 姫路城からホテルに戻って、お風呂を済ませて寝る間際に「陸士から陸曹に昇進が決まりかけている。」とポツリ呟いた。 両親も祖父母も「?」という顔。 「簡単に言うと上等兵から軍曹に昇進するかも知れない。」 そう言ったら、「父さんは一生自衛隊というのは反対だけど、お前が決めたのならその道に進めばいい。」 「家の仕事は俺がやれるまで頑張るし、やれなくなったら店も工場も畳めばいいから別に継がなくてもいい。」と…。 この親父の言葉で、揺らぎまくっていた気持ちは固まった! 翌朝、ゆっくり起きて朝飯を食べてから神姫バスに揺られて駐屯地に到着。 正門の警衛所で戦争経験者の爺ちゃんは64式自動小銃を見せてくれ!とワガママ言うし… 婆ちゃんは正門に立つ警衛隊に合掌してからというもの、見るもの全てに手を合わせながら歩くし… 恥ずかしいやら困るわで大変でした。 by606 |