141 陸曹候補生への道 其の壱

 人は不思議なもので、『目標』を達成してしまうと一定期間(個人差あり)無気力になる。  僕はASP訓練が終わって酷く無気力になったなぁ。  ASP訓練に参加したというだけで、やたらと頼りにされて面倒な仕事をたくさん与えられたのも同じ時期。  ASP訓練に参加できなかった陸曹クラスからの妬みもあったのも分かった。 


 そんなある日、「本多は陸曹を目指すのか?」と人事陸曹から問われた。  そういえばASP訓練の前に陸曹候補生の試験を受けると言った覚えがある。(#127)  陸曹になるには陸曹候補生の試験を受けて、合格したら数ヶ月間の教育を受けなければならない。  それが陸士から陸曹になる云わば自衛隊永久就職への道。

 「とりあえず試験は受けますが、陸曹になるかどうかは決めてません。」  と…ハッキリあやふやな返事をしておきました。  つまり、この先自衛隊を続けるか辞めるか決まっていない状態。  

 中隊としては一人でも多くの陸曹候補生を出したい。  そうする事で中隊長以下幹部の点数になり、階級・年俸を上げる事に繋がる。  逆に退職者を出せば階級・年俸には反映されない。  だから僕みたいなあやふやな返事しかできない隊員には継続を促します。


 結局、中隊から6人ぐらいが陸曹候補生の試験を受ける事になりました。  もちろんその中に僕も入っています。  「自衛隊辞めるし、陸曹にもなる気は無いから試験なんか受けません!」とハッキリ言ってあれば人事陸曹も納得できるのですが、あやふやな返答では半ば無理矢理に試験を受けさせられるのが自衛隊。(現在はどうなのか知りません)


 陸曹候補生の試験までに3ヶ月ありました。
 本気で陸曹を目指してる隊員は、既に何ヶ月も前から自衛隊の教本を手元に、自衛隊法やら何やらを勉強を始めている。  その姿を見た事のある僕は、「あんなふうにはなりたくないなぁ。」と笑って見ていたのに…  自分も勉強をしないとイケナイのかなぁ?という気持ちになり始めた。


 その頃、同期の江藤は腰痛を訴えながら通院を繰り返して仕事をほとんどしていない状態にもかかわらず、隠れてバイクに乗って事故を起こして入院中。  仮病がバレて中隊一同から信用を失っていたので、僕的には「ざまーみろ!」という気持ちでしたが…  江藤的には本当に事故で入院できたから保険が下りて給料・ボーナスに付け加えて保険金が毎月支払われて「ざまーみろ!」という気持ちだったのだろう。
 
 江藤が陸曹候補生を目指せる状態ではなかったのは理解できるけど、考えてみたら一日中勉強できる環境じゃないだろうか?  僕たちは一日の課業が終わって、晩飯と風呂を済ませてからしか勉強できないんだもん。
 こんな要領のいい奴が陸曹(上官)になったら僕は間違いなく辞め…  ん?  そうか!  江藤よりも階級が上なら自衛隊生活も楽しいかも!! 

 この安易な気持ちが僕の気持ちに火をつけた。  陸曹候補生の試験勉強なんてやらないで、試験だけ一生懸命やればいい♪としか思っていなかった僕。  『勉強するぞ!』  そういう気持ちになれたのは、試験日まで残り2ヶ月となってからの事でした。
by606