119 演習の思い出 其の四
 
 方向音痴は今なお健在。  だいたい富士の樹海みたいな演習場で、「あっち!」「こっち!」だけの誘導で目的地に到着できるほうが変だわ!

 そして今でも時々夢に現れる演習での失敗と言ったら… これだぁ。


 【エピソードC】 装甲車横転 (前編)

 高射特科部隊は装甲車にレーダーや発射機、それに発電機やらコンテナを牽引して演習場に展開する。  だから大型牽引免許を取得したばかりの隊員は、やたらとドライバーとしての任務を背負わされます。  免許が無かった頃は、装甲車の荷台で寝ながら移動できたのに…  大事な『寝る時間』を割かれるのは本当に嫌でした。
 どうせあと数ヶ月で辞めるつもりの隊員に、そんな無駄な訓練をさせなくてもいいのにね。  陸曹(昇進)を目指してる熱い隊員が頑張ればいい事なのに…  無意味なところで頑張らなければイケナイのが自衛隊です。


 雨の予報の演習。  これほど凹む事はありません。
 雨の演習は事故が付きもの!  地盤が緩むからレーダーや発射機が傾いて落下したり…  太い電気ケーブルを縦横無尽に這わせて高電圧の発電機を数台動かしているから感電も怖い。
 なによりも装甲車の運転が大変だった。


 晴れの予報が裏切られた事は何度もあったけど、雨の予報は裏切らないから不思議。  

 雨が降っていれば、装甲車は演習場に突入する前に、6輪あるうちの前輪と後輪2つの計4輪にタイヤチェーンを装着します。  牽引されているレーダーや発射機の2つのタイヤにはチェーンを装着しません。  当たり前の事なのかな?


 この日…雨は夜中から降り出し、明け方には集中豪雨の如く降り続きました。  朝飯の味噌汁なんて飲んでも飲んでも雨が入って増えるばかり。  こんな悲惨な食事は初めてだった。  ご飯なんて雨茶漬け。


 あまりに激しい雨の為、中隊長が下した判断は…  『演習中止! 即撤収!』
 我が部隊が展開した位置は既に泥の湖と化していた。  タイヤが泥水に半分浸かった状態でチェーンを巻く。  メッチャ危険な事。  勘で巻くようなもの!  


 さっきまで地面だった所は全て水溜り。  歩けば個人用掩体(えんたい)や機関銃用の掩体に顔まで沈む。  肥溜めにでも落ちたかと思うほどの恐怖だ!


 雨粒が敵弾、水溜りはまさにブービートラップ。  戦場さながらの撤収劇。  64式小銃を体から離したら最後、たぶん2度と見つける事はできそうになかったので、先に装甲車に積んでおく。
 資材を荷台に積んで、発射機を牽引して装甲車に乗り込んで一件落着。  装甲車の中は平和だった。  
 助手席には教育隊長だった水畑3尉が乗り込んで、「本多ぁ、さっさと帰るぞ!」と笑顔で言う。


 激しい雨で装甲車のワイパーは利かない。  ウインドーガラスの内側は曇りまくるから霧の中みたい。  遠くで誘導員が赤い旗を振って、「ここを進め!」と指示してくれているけど、赤い旗を確認できるのが精一杯だった。


 「本多ぁ、早よ行けやぁ!」と水畑3尉が煽る。

 「全然道が分かりません! あの誘導員を巻き込むように右折すればいいのでしょうか?」

 「ああ! そうすれば道に出るんじゃないかな?」といい加減な返事。


 ゆっくりゆっくり進んで誘導員を右に見ながら右折。  未舗装の道路に出て驚いたのは、道路じゃなくて激しい流れの川だった事。  両側に掘られた側溝と一体化してカマボコ状の道に出た瞬間に悲劇が起きた!!
by606