111 大型免許取得 其の壱拾

 【実技教習 D】

 実技教習中は殴られたり蹴られたり罵声を浴びせられ続け…  実技教習を受けてない時は肉体労働を強いられ続ける日々。
 
 キレた福ちゃんに即反撃に転じた教官。  その後で僕を教習車から降ろして、コースを凄い勢いで回って駐屯地に帰っちゃった!
 とり残された3人…  呆然と立ちすくむだけ。


 教習車と教官が帰ってしまったら何をしたらいいのか分かりません。  教習所に居ても他の班の見学しかできない。  帰るにも身分証明書を持って出て来てるワケでもないので駐屯地には入れないし…
 仕方なく僕と荻ちゃんで福ちゃんを落ち着かせてから話し合った。(僕的には休憩できて良かったなぁ♪と思えた時間でした)  結局3人で教官に謝りに行く事に決めたのですが…  どうやって帰ったらいいのやら??  結局、他の班の教官に頼んで乗せてもらって帰れました。

 「おう! 乗せて帰ってやったで、今度外出したらワシん所に土産持って来いや!」と…  恩着せがましく言う他班の教官。  ここまでは我慢できた。  ところが「うちの班の奴らにもちゃんと侘び入れとけや!」と言われ…  ヘラヘラ笑う班員を見て拳を握り締めたけど、その拳を上げる事はできなかった。  いろんな理不尽な事を、歯茎から血が出るくらい歯を食いしばって我慢した。  

 我慢してる僕を見てその教官は「乗せてもらってなんだぁ!その目は?」と胸ぐらを掴まれて鼻と鼻が当たるぐらい近い位置で怒鳴られました。  我慢できない。  もう我慢したくない。  圧縮された不満とストレスと怒り…  でもコイツを殴ったからって意味が無いし、もうすぐ仮免の試験。  ここまで頑張ってきたのに、つまらない奴を殴って全てを台無しにしたくない。
 
 抑えた。  口から胃が出るくらいの思いで「すみませんでした。」と謝りました。


 なんで自分らの教官に謝る前に他班の教官に謝らなければならないのだろう?  不思議。
 まぁその日の夜は、違う理由で悔しくて悔しくて寝付けなかったので、その班長のスリッパに自分の名前を書いて、翌朝から使ってやりました。  班長困ってやがったなぁ♪  小さな反抗。  僕って小さい人間だよなぁ。


 福ちゃんに付き添って自分らの教官に3人で頭を下げて、明日からの教習をお願いしました。
 教官は後ろ手に組んで3人をサングラス越しに下から見上げてこう言った。

 「車を運転するという事がどういう事かテメェらにはまだ分からんようだのぅ?」と…
確かに僕らは免許を取得する事だけを目的に此処にやって来て、此処で教育を受けている。  たぶん普通の自動車学校に通われた皆さんも『免許を取得する事』だけに専念していたはず。  誰だって自動車学校に入ったら、すんなりと免許を取得したいはず。  教え方こそ違うけど目的は同じ。

 ただこの時は『それ以上の目的』を僕らは誰も気がついていなかった。  教官の気持ちというものを1つも理解していなかった。
 「車を運転するという事がどういう事かテメェらにはまだ分からんようだのぅ?」
この一言の意味はあの時言われも全然分からなかった。  その意味は駐屯地に戻ってからジワジワと分かり始め…  1年後、自衛隊を退職した後、5年後、10年後…そして20数年後の今でも理解がジワジワ深まる。

 「また明日からしっかり練習しよう!」と笑顔で肩を叩いてくれた。  なんとなく青春映画の1シーンみたいで感動したけど…  翌日の教習は昨日の教習と変わらないぐらいスパルタだったよ。


 大型車のS字、クランク、坂道発進、車庫入れ、縦列駐車などなど全ての教習が済んでからは仮免許試験の3つのコースを走る応用編へと進みました。  毎回コースを覚えて何度も繰り返し走りました。
 その頃になると教官は助手席で居眠りをするようになりました。  うちらの教官だけではなく、他の班の教官も居眠りしてます。  もっとも覚えの悪すぎる隊員や、まだ運転が心配な隊員の教習中は怒鳴りながら教えています。


 教官が1時間ぐっすり助手席で居眠りする事もしばしば。  S字やクランクで誤って縁石に乗り上げてしまっても「下がってやり直せ。」と呟くだけ。  でも乗り上げてしまって、強引に前に進もうものなら激しい蹴りが飛んできます。  「テメェは人を轢いてそのまま前に進むのか?」  「縁石の向こう側に人がおっても前に進むのか?」と激しい口調で叱っていたのを覚えています。


 そして仮免許試験を翌日に迎え…  3つの仮免許試験コースのうち1つを頭に記憶しました。  実技教習は仮免許試験だけで終わるから、半日のうち15分くらい頑張るだけ。  15分で半日終わりです。
 だがこの時…  明日何が起こるか全く想像できなかった僕はコースも要領も完璧だと思って余裕をかましてた。  正直なにも不安が無かったもん!  それなのに…
by606