110 大型免許取得 其の九

 【実技教習 C】

 オールレーズンばかり1ヶ月以上食べ続けた結果、暑い日の朝礼の最中、急に目の前が真っ暗になった。  「あれれれ? 自分…電池切れ?」と思った瞬間、本当に電池切れになって意識を失ってその場に倒れました。
 学生時代、月曜の朝礼で倒れる生徒を「弱っちーなぁ!」と笑い飛ばしていた自分が、まさか自衛隊の朝礼で倒れるとは!  そんな弱っちー自衛官が存在したのです。  そう!  それは僕です。


 たまたま教習のない土曜日だったので面倒にはならなかったのですが…  目が覚めたら戦闘服の上を脱がされた状態で医務室のベッド。  
 衛生科の隊員と学科の教官がなんだかんだと深刻そうに話をしています。  どうやら駐屯地内の医務室では処置ができないらしく、松山市内の病院に行く事になるみたい。  「元気だからもういいですよ!」という感じで起き上がろうとしたら、全く体が動かなくて驚いた。  「あれれれ? 自分…死んでるの?」と思った。


 アンビ(自衛隊の救急車)に担架で乗せられて、松山駐屯地を出発。  目を開けているのもダルかった。  心臓は妙に強く速く打っていたよ。  「あれれれ? 自分…やっぱり死ぬの?」  そう思ったら、ちょっと怖くなった。


 「闇じゃねーのかよ!」というぐらい小さな病院(普通の家)に到着。  母親ぐらいの女医さんが聴診器やら何やらで細かく検査し始め…  飽食の時代に何なんだコイツは?という目で「酷い栄養失調ですね。」とポツリ。


 ポリタンクぐらいある点滴を2時間ぐらいかけて打ちました。  10分ぐらい打っただけで歩けるまで回復。  3回ぐらい点滴をぶら下げてトイレに行ったし…。  
 

 なぜ栄養士さんが栄養バランスを考えて3食管理してくれているのに??
 なぜ一般人よりも高カロリーな食事をしているのに??
点滴を打ち終わって問診が始まり…  「毎日毎食オールレーズンだけ食べてました。」と白状。  
 松山駐屯地に来た時の体重が62kgだったのが、この時52kgにまで落ちていました。  体重計なんてのらないし…  痩せてきたのはベルトがどんどん緩くなってきたから分かっていたけど、精神的なものだとばかり思っていたもん。


 点滴1発でこんなに元気になるとは思わなかったです。  担架に乗ったのも、アンビの乗ったのも点滴というものを打ったのも…もちろん朝礼で倒れたのも生まれて初めての経験。
 その日の昼飯からは福ちゃんと荻ちゃんに拘束されて食堂に行かされました。  でも暇さえあればオールレーズンを食べてましたがね♪  今でも大好きだぜオールレーズン!



 自教も2ヶ月が過ぎて実技教習も一段と厳しさを増しました。
 教官の苛立ちも激しかったです。  「そんなのヤレと言われてすぐに上手くできるかよ!」と拳を握り締めて、心の中で叫ぶしかなかった。  
 ある隊員は歯が折れ…  またある隊員は殴られて鼓膜が破れたりした。  それは半端ない鉄拳制裁。  
 この鉄拳制裁にキレたのがエリート集団の陸曹クラス。  年齢は倍くらい違う教官でも、階級はたった1つ上なだけ。  しかも数ヵ月後には同じ階級かそれ以上の階級になるのに…殴られたり蹴られたりする事にプライドが許さなかったのだろう。
 他の班では際どい場面が多かったけど、僕たち2班は結構静かに鉄拳制裁を受け続けていました。  それなのに…


 三等陸曹の福ちゃんが教官の指示に逆らった。  福ちゃんの目は100%教官を見下す目だったのを覚えている。
「逆らったって無駄なのに…」そう思う僕だったけど、あの時は「気の済むよーにしてください。」という気持ち。  その火の粉は、そのまま僕や荻ちゃんに降りかかるのだから…  荻ちゃんと一緒に悲惨な一日を覚悟しました。


 案の定、教習車から蹴り落とされた福ちゃん。  顔とヘルメットには教官の靴の裏の模様がハッキリと残っています。  口から鼻からスッゲー血を流している。  「本多ぁっ! 乗れっ!」と…  めちゃめちゃ怖かったです。  何度もドキドキしながら教習を受けたけど、次は僕が痛い思いをするのかと思ったら嫌になりました。  でも逆らえない。  逃げられない。  僕はエリートでもなんでもないただの高卒の自衛官。  プライドなんざ捨てる前から持ち合わせてないし。


 教習車を動かし始めて間もなく、教官が福ちゃんの真横で「本多ぁっ! 止めろ!」と大声で叫んだ。  きっと血だらけの福ちゃんが心配なんだろうな♪  僕は少し気持ちが温かくなって、笑顔で福ちゃんの横で教習車を止めました。


 「さっさと帰れって言うたやろうがっ!」と大声で叫びながら教習車から降りて福ちゃんの顔面に拳一発。  洒落にならんぞこりゃあ…と。
by606